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煮ル果実『ハングリーニコル』を徹底考察! キリスト教のニコライ派に由来する?

皆様こんにちは、止音と申します。

煮ル果実さんの『ハングリーニコル』、いまさら聞いたのですが絶賛ハマっております。

非常に難解でありながらなぜかスッと入ってくる歌詞が煮ル果実さんらしく魅力的ですよね。

私は考察大好き人間なのでこういう歌を聞くと居ても立っても居られません。

「この歌詞にはどういう意味があるんだろう?」「題名にもなっているニコルって誰だろう?」「なぜ豚さんにご飯を作っているんだろう?」など、もっと深入りしたくなってしまうのです。

そうして色々と思索したり調べたりした結果、

『ハングリーニコル』はキリスト教のニコライ派が一つのテーマなのでは?

という見解に行き着きました。

1.はじめに

先に断っておきますと、完全にキリスト教エアプなのでとてもフワフワした考察となっております。それでも有識者の方々の素晴らしい考察のきっかけになれることを願って、拙い気づきを垂れ流させてください。

早速、私の中でこの曲がキリスト教及びニコライ派と結びついた経緯を説明していきます。

ニコルくんのキャラクターデザイン

MVの世界観が好きだと思った私は動画を製作されたはるもつ(頃之介)さんのTwitterアカウントに飛んでいき、下のツイートを見つけました。


「家でも外でも働きます」「ゾンビ」など、MVに登場するニコルというキャラクターについて様々な情報が出ています。

……そんなん深堀りするしかないやん?( -`д-´)キリッ

ということで、ニコルくんの人物像をもっと暴こうと色々調べ始めました。


2.ニコルくんは何者なのか

私が初めて聞いた煮ル果実さんの曲は『ヲズワルド』なのですが、そちらの曲ではオズワルドというキャラクターを主軸に素晴らしい世界観を構築されています。

もしかしたらこのニコルくんの背景にもモデルがいるんじゃなかろうかと考えた私は、まず「ニコル」で徹底的に検索しました。英語でも検索しました。

しかし特に成果は得られず……。


唯一分かったのは「ニコル=Nicole」は女性名で用いられることが多く、男性名の場合は「ニコラス=Nicolas」等の形が一般的であるということくらいでした。

早速行き詰まった私でしたが、今度は逆に作品自体を見直して関係していそうな要素を抽出・検索してみました。

行き着いたテーマの一つがキリスト教でした。


3.『ハングリーニコル』とキリスト教


この曲にはそもそも「裁き」「ワイン」「十字架」などキリスト教を暗示するようなワードが所々にちりばめられています。

更に、終盤にはこんな歌詞があります。

最後の晩餐に ghoti ghoti(※) 眼から鱗飛びだしゃ

(※fishと読みます。英語の発音が綴りと一致していないことを揶揄したジョーク単語です。)

「魚」はしばしばイエスの象徴として絵画に登場します。ちなみに、かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』でもイエスの肉体を分け与えるという意味合いなのか魚料理が振舞われています。

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キリスト教との関連が見えてきたので、聖書か何かにニコルもしくはニコラス的な存在はいないかなーと探した結果、こんな人物を発見しました。


Nicolas the Deacon(執事のニコラス)

え……、キミでは……!?

恭しく豚さんに尽くすニコルくんの姿はまさに執事のように見えます。

また、「執事」と非常に発音が似ている「羊」も「sheep」として歌詞に登場し、しかもニコルくんに角が生えて「羊のニコル」に見えるような演出までされています。(羊もキリスト教でよく用いられる表象なのでそちらから取っているだけかも)


執事のニコラスは使徒たちによって選出された「7人の執事」の一人ということ以外割と謎多き人物なのですが、後世にいろいろと話が付け足されており、その一つには魅力的な妻がいたというものもあります。

(正直かなりあること無いこと言われているような印象でしたが、今回はニコラスがどういう人物として伝わっているかが重要なので、真偽の検証はポイします。)

さて、この執事のニコラスから名前を取ったという説もあるニコライ派は、『黙示録』に異端視すべき存在として一瞬登場します。残念ながら詳しい記述まではされていませんが、完全に何も分かっていないというわけでもありません。

直前にバラムという人物の教えに従う者が同じく忌むべき存在として登場していることから、バラムの教えとニコライ派の信条には共通する部分が多かったのではと考えられているようです。


そのバラムは「偶像に捧げられた肉(供物)を食べ、(キリスト教では禁じられるような)淫らな行いをしても構わない」と人々に説いていました。

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鳥肌が止まらねェ……!((((;゚Д゚))))

これを知った瞬間、分かるようで分からなかった歌詞が急速に結びついていきます。

ニコルくんの「嘘(=信条)が真実に見えた」豚さん。
捧げものを貪るべく「売れ残りを待って」いました。
「あなたが笑うから」という理由で「妥協して交わった(=淫行)」ニコルくん。
イエスの血を表すと言われる葡萄酒も「虚偽のヴィンテージワイン」に過ぎません。
そうして「業」を重ねていくうちに、「君の傘」が「十字架」に見えてしまいます。
異端の一派に名を冠され「罵詈讒謗されたって朽ちるまで踊る」ニコルくん。
「最後の晩餐」に食すはずの魚=イエスも、「ghoti」とかいう魚のような何かでしかありません。
右の頬を打たれたら左の頬を差し出すような「犠牲精神には際限ない」イエスの教えを、「狂言」と言い放ち、辟易するニコルくんですが、リタイヤしたところでイエスのように「再起」することはできないのです。


4.残る疑問

①なぜ『ハングリーニコラス』じゃないのか

こちらに関しては公式MVのコメント欄にあった考察が私の中ではしっくり来ました。「ハングリーに懲る」すなわち「空腹に懲りる」という言葉と掛けているのではないでしょうか。煮ル果実さんもコメント欄にて「I AM HUNGRY.」と書いています。

それにもし『ハングリーニコラス』だったら直接的過ぎてちょっと考察する楽しみが減ってしまいますしね。


②なぜニコルくんはゾンビなのか

歌詞の「愚かな骸」がニコルくんであることを暗示したデザインかと思われます。
しかし他方でイエスを「愚かな骸」と言い、その捧げものに「這い寄るナンセンス」さを歌っているという可能性も捨てきれません。

一つ言えることとしては、ゾンビという存在がキリスト教と深く結びついている存在であるということです。

キリスト教では終末の日に最後の審判で裁かれ、永遠に天国か地獄のどちらかに住まうことになるという思想があります。しかし肉体がなければそもそも審判を受けられず生前の信仰も無に帰してしまうため、キリスト教文化圏では火葬はタブー視されることが多いです。

キリスト教圏で土葬が一般的だからこそ墓から這い出てくるゾンビなる存在が成立していると考えると、ニコルくんのキャラクターデザインにも何か意味を感じるのもただの考えすぎではないと思います。


5.結論

『ハングリーニコル』はキリスト教がテーマの一つで、

主人公ニコルは「執事のニコライ」がベースである可能性が高いです。

6.まとめ


皆様はどう思われますか?私の中では割とスッキリしていますし、これを踏まえて改めて『ハングリーニコル』を聞くと全然違う角度から解釈出来て楽しいです。
あとは有識者の方々の考察が上がってくるのを待つのみ……。

もしかすると今後もこういう考察を気まぐれで吐き出すかもしれませんので、その時にはまたお目にかかるかもしれません。


最後まで読んでいただきありがとうございました!


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