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【不思議な夢】みっつの吉が揃うとき

私は長年、奇妙な夢を見る。眠っているときに夢に昔の日本、特に戦国時代のぼやけた映像が浮かんでくるのだ。

きっかけは23歳の時だった。友人との旅行で訪れたとある史跡で、それまで感じたことのない強いデジャヴを感じ、前世の記憶の断片がよみがえった。

遠い過去の記憶が次々と思い出されて、やがて寝ている時に見る夢までもが過去の思い出だらけになった。

…いや、そもそもあれは本当に前世の記憶なのだろうか?それにしてはおかしな点が多々ある。私の視点ではない別人の視点による夢もたくさん見るのだ。

もともと歴史にうとく、歴史物のドラマも本もほとんど見ない私がなぜこんな昔の夢を見るようになったのか。

もしかするとこれらの奇妙な記憶は、たまたま旅行先で出遭った霊たちが私に憑依して見せている他人の記憶なのかもしれない。

様々な原因を考えたが、いまだに明確な答えは出ていない。

現在私はもうすぐ齢五十を迎えるが、これから以下に書く話は私が30代の半ば頃のある日見た夢の話である。

その日、私は自分の部屋でいつものように眠っていた。するとまたいつものように夢が始まった。

ぼんやり霧に包まれたような淡い映像の中、広い屋敷が見えてきた。

屋敷の庭に面した縁側?というのか、庭に面した通路を「どうぞ、どうぞこちらへ」と、使用人の中年男がお客様を案内しているのが見える。

お客様というのは若かりし頃の織田信長公だ。

客と言ってもここは通い慣れた屋敷だった。案内は儀礼的なものだろう。この屋敷は信長公の側室の実家だ。今日彼は側室に会うため屋敷を訪れていた。

映像そのものは遠くから撮影しているかのようなカメラワークなのだが、時々人物がアップになる。

信長公がアップで映るとき、私は畏れ多いことに、信長公の視点になって彼の考えていることが現代語のイメージに変換されて頭に直接伝わってくる。

案内人の後ろをついて縁側から別棟に向かう渡り廊下へと向かっていると、ふと庭から鋭い視線を感じて信長公はハッ!とそちらを見た。

そこには一人の若い男が立っていた。

庭掃除をしていたのであろう、ほうきを手にした男は信長公の目をじっと見てきた。

ものすごい眼力。口元は不敵に笑っている。風体からして小者にしか見えないが、まぁ、なんという大胆な態度か…

信長公はその男の異様な迫力にギョッとして一瞬後退りしそうになったがこらえた。

小柄なやつだが、やけに迫力がある。

しかし信長公も負けてはいない。怯んだ足をなんとか前に踏み込んで、信長公はキッと男を睨み返す。

『なにをっ、…このっ!』

目を離した方が負けだと思ったのか、双方睨み合いつつ、信長公は渡り廊下をスタスタと渡っていった。

『なんだ…あれは…?』

通りすぎてから、信長公は先ほどの男のことを思い返して首をひねった。

『前に来た時は見なかった顔だなぁ。最近雇った小者だろうか?』

その時の信長公はそう思っただけで、あとは全く気にしなかった。まぁ、実際気にするほどのことでもなかった。

そこでその場面は終わり、次の映像に移った。

舞台はあれから一、ニヶ月ほど後の映像になっている。あの時と同じ屋敷の側室の部屋で、和やかに会話する信長公と側室の仲睦まじい様子が見えてきた。

先ほどから側室がなにかを懸命に話している。信長公になにやらお願い事をしているようだ。

「是非あの男を、どうか雇ってあげてほしいんです」

「頭がいいし、機転も効いて、よく働く男なのよ。きっとあなたの役に立ってくれるわ!」と、側室は説明する。

おやおや、なんとまぁ、その男というのはこないだ庭で会った『あの男』のことらしい。あの異様に態度のでかい小男だ。

彼女はあの男から、信長公に雇ってもらえるよう頼んでくれと懇願されたようだ。

(ふーん…)

このとき、信長公は他に考え事があるのか、側室の話をあまり真剣に聞いてはいないようだった。ただ黙って聞き流す。

「だから、ね?どうぞ雇ってあげてくださいな」と言う側室に、ようやく信長公は「うん、うん」と二度頷いて応えた。

『まぁ、そうまで薦めるなら、試しに雇ってみてもいいだろう。』そんな軽い気持ちでこの件を了解したようだ。

「わぁ!嬉しい〜」側室がパァっと華やかにわらう。

この日の信長公はわりと機嫌が良かったこともあり、喜ぶ側室に合わせてこんな調子のいいことを言った。

「吉法師、吉乃(側室の名前)、藤吉郎。これで吉が三つ揃ったなぁ!なかなか縁起がいいじゃないか…」と、信長公は愉快そうに笑ってみせた。

ここで唐突に、ナレーションのような男の声が聞こえてきた。

『このとき出会った男の名は木下藤吉郎。のちの豊臣秀吉である。』

おそらく、このあとまもなく藤吉郎は信長公に雇われたのだろう。わりとすぐ信長公に気に入られたようだ。


「藤吉郎…」

声が遠くに聞こえる。

「藤吉郎…」

信長公が藤吉郎を呼んでいる。なんだかすごく優しい声だ・・・

いつのまにか私の視点は切り替わり、藤吉郎の気持ちになって信長公の声を聞いている。

(ああ、なんて優しい呼び方をするんだ・・・、とても心地のよい声だ)

そう思った。

そこで、ようやく私は目が覚めた。

テレビを見るようにそれらの映像をうとうと見ていた私の意識がようやく目覚めて、「う゛えええええーーーっ!?」と寝ぼけた悲鳴を上げた。

布団の中で身をよじる私。

(えええええっ!?今のなに!?これ、なんの夢!?と、藤吉郎?・・・豊臣秀吉っ???)

私が知ってる話と全然違う。

小学生の頃のある日のことを思い出した。学校の図書室で豊臣秀吉の歴史学習漫画を借りて読んだ日のことだ。歴史に興味はなかったが、活字が苦手で漫画しか読めない私には、学校で読める本がそれくらいしかなかった。

(あの時の本にはなんて書いてあったっけ??)

”側室の実家の屋敷で信長公と藤吉郎が出会った“・・・なんて書いてなかったはずだ。

いや、そもそも子供だった私はその本に書かれていた『信長公の草履取りだった藤吉郎が、寒い日に信長公の草履を懐で温めた』という逸話を読んで爆笑したのだ。

「面白いけど、ひどい作り話だ!」そう言って、当時10歳ほどの子供だった私は笑い転げた。

そして草履を温めたところまで読んで、その先は読まないまま図書室に返却してしまった。もとより興味のない物語だったのでそれ以上読みたいとは思わなかった。

しかし、さっき見たこの夢はなんなんだ?学習漫画と全然違うじゃないか!私の夢に出てきた藤吉郎というやつは、なかなかしたたかで、とてつもなく偉そうで、肝の据わった男だった。

おそらく誰かのツテを頼って側室の実家の屋敷に出入りするようになった藤吉郎。最初から信長公目当てで側室に近づいたのだろう。得意の話術で側室に取り入って、気に入られたところで側室に頼み込み、やがて信長公に雇われることに成功した。

自信家で、身分の高い相手を前にしても大胆不敵な態度を見せる、とんでもない男。

かなりずる賢いやつのようだったが・・・・、うーーーん・・・・

いや、待て。そもそもこんなのは聞いたことのない話だ・・・・。

私はとりあえずネットで検索してみることにした。二十代の頃はパソコンを持っていなかったのでこんな夢を見ても調べるのに不自由したが、この頃はもうパソコンを持っていた。検索すればなにかわかるかもしれない。

「でもまさか・・・、こんな話がヒットするわけが・・・」

ヒットしてしまった。

なんと、似た話を書いておられる人達がネットにいた。側室の実家の屋敷に出入りするようになった藤吉郎、側室に取り入る藤吉郎、側室のおかげで信長公に雇ってもらえた藤吉郎…

私の見た夢と似た話を、書いている人達がいる!

「嘘だろ・・・!マジか」

驚いて読んでみると、彼らはとある古文書に書かれた記述を参考にそれらの文章を書いているというのがわかった。

それは武功夜話と呼ばれる古文書であるらしい。

詳しいことはよくわからないが、それは信長公や秀吉に仕えた前野家について書かれた古文書だそうだ。しかし書かれている内容は信憑性に欠けるとも言われ、偽書であるとまで言われているらしい。

そして未だに書かれている内容は史実ではないとする否定派と、史実を元にしているとする肯定派に分かれて議論されている謎の古文書なのだそうだ。

どうやら私がこのとき見た夢は、この謎の古文書に書かれてある一部の話と似ているようだ。まぁ、似てると言っても今のところわかっているのはほんの一部の記述だけだが・・・・。

私はこの古文書を読むのがとても怖いので、なるべく今まで読まないようにしてきた。最近になってようやく夢で見た部分と似ている箇所だけ、現代語訳に目を通してみた。

そこに書かれていた、小兵ながらも図々しく大胆不敵な態度で周囲を呆れさせた藤吉郎の生き生きとした姿に、夢で見た彼の姿を重ね合わせてひどく懐かしい思いがした。

私が見た夢がなんなのか。

この古文書に書かれていることが本当なのか、嘘なのか。

どのみちよくわからないが、そんな夢を見たということだけは書いておこうと思った次第である。

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