早瀬沖津

文章と文筆と便箋

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最近の記事

感傷にとじる 夕ぐれの いたみわけにも いたらずに 寝処の底は きょうも冷え 昨日の更地に あすのあさ

    • 愛するはやがて雲として 泣きぬれた布に雨すすぐ 恋してもきみはなつもよう おとめごころにきかざって うたかたのゆめに恥ずべきは なにもないやと苦笑い お山のむこうに息をのむ 通りの店の店じまい

      • 柿と牡蠣

        柿は柿の葉寿司、奈良県は吉野。 牡蠣は七輪でほどよく焼いて、三重県は伊勢。 夢はあくまで夢として、蓋をしてしまってもかまわないが、開けてしまってもかまわない。人に与えられた自由である。末路はきっとすてきなものだ。 吉野にも伊勢にも、共通するものがある。大黒柱のような精神性だ。一度触れると、江戸や堺、京の都から足繁く通う人がいる。平安時代の貴族の逃避行には吉野(熊野)、江戸時代では庶民の旅行に伊勢。それぞれがそれぞれに時代の輝きを蓄えている。

        • お味噌汁

          精神病院で入院しているこの期間は、人生の休息中なのだ。管理栄養士によって塩分がコントロールされている味の薄いお味噌汁について、深く考えないようにするのが休息中というわけ。それにつけても、これほど塩気がないのにお味噌汁の色の濃さは普通なのが不思議―いやはや、考えないようにしなければ。休息、休息。 他の人達も休息期間ということで、割り切ったコミュニケーションも盛んである。話をしたい内容だけ、話をしたい人に、話をしたいぶんだけ話すことができる。これが案外クセになる。共有ホールに出

        感傷にとじる 夕ぐれの いたみわけにも いたらずに 寝処の底は きょうも冷え 昨日の更地に あすのあさ

        • 愛するはやがて雲として 泣きぬれた布に雨すすぐ 恋してもきみはなつもよう おとめごころにきかざって うたかたのゆめに恥ずべきは なにもないやと苦笑い お山のむこうに息をのむ 通りの店の店じまい

        • お味噌汁

          くじ引き

          病院内での日々を書きとめたメモ帳をかかえて、私は明るい前向きさを抱えていた。幸せなことに、もはや「何を書くべきか」という気持の塞がりはなりをひそめた。書くことははっきりしている。 きっと紙とペンがあれば自分の人生に光が灯せられるとの謂であろう。向田邦子さんのエッセイを分析した経緯もあり、書きごとをしていて心配事は「漢字が出てこない」くらいしかない。それも電子辞書があれば解決だ。 高校で、大学で、また大学を卒業してからあまりにも多くの本を読んできてしまった。キャパシティ・オ

          くじ引き

          シーツ

          Syrup16gに『シーツ』という曲がある。精神科病棟の入院生活を歌ったのではないかと思われる一曲だ。アルバム『HELL-SEE』に収録されている。「シーツ洗われてゆくよ 毎日交換」の歌詞は彼がなかなか良い環境の病院に入院したのではないかと感じさせる。(ちなみに私が現在入院している病院はシーツ交換が週に一回である。) 「昨日見たよ このシーツに 刻まれた英雄を」の歌詞は少々意味が取りづらいが、隔離病棟での幻覚症状のことだと受け取った。隔離病棟で幻覚が始まると、いきおい手元に

          必要なものリスト

          ひたひたと歩く病院内で、人のために働きたいという気持になった。普段、働きたいとは滅多に思わない質である。というのも、頭にエネルギーが移行して、考えるだけで満足してしまう体質なのだ。しかし、今回だけは少し違っていた。大脳で消化される気が消化されずに手足でうずいていた。 薬が全身を廻っている。脳で何が生じているのか薬理的に解説を受けたいとも思わず普段とは違うとわかる。以前の自分であったら、飲んでいる薬についてしっかり調べたい、との逸る気持が生じていただろう。治療も進んでおり、思

          必要なものリスト

          宴会

          一般病棟の中では時折パーティのような、宴会のようなものが開催される。宴会といっても宅配ピザが来るでもなし、アルコールが提供されるでもない。院内の売店で購入した108円のおかしや、誰かの家族が患者に差し入れたチップスターが饗され、うやうやしくボトルが開けられるのはたいていコカコーラ・ゼロである。 この日は、UNOに興じていた。男だけで27歳から50歳の4人である。院内の自動販売機で購入されたコーラとジョージア・ジャパン・クラフツマンを片手にUNOミニマリスタというおしゃれなデ

          日々即曙

          しっかり洗濯乾燥された着物を見るのは気持ちがいい。曇天のもとであればなおよい。ここ精神科病棟内では、洗剤をスタッフルームに頼んで出してもらわなければならず、自己管理はできない。洗剤を大量に抱えて飲み、自害を行う者が現れるかもしれないとの配慮である。 机の隣では、スマホを時間限定で使用することを認められた大学生が喜んでいる。大学一年生の、二度と帰らない時間をこの病棟で過ごすことを決定づけられた彼女の精一杯ではあるもののかえって美しい喜びであった。眼の前で楽しそうにスマホカバー

          日々即曙

          文化と間食

          カロリーメイトとアクエリアス、ピーナッツかりんとうとコーラ、サンポー焼豚ラーメンとトマトジュースのように、食べ物と飲み物を併せて楽しむ毎日は、料理とお酒を選んでいるようで、いくぶん文化的な日々である。文化を見出そうとすれば、どこでも、ここ精神科病棟でも見出だせるものである。日々の文化を支えるのは一人ひとりの意識であるが、不平不満の中ではありえない。一人ひとりの意識が文化的で楽しい日常を彩るということは、一瞬一瞬の気配りが一日を作り一生を作り上げる―大げさにいうと―のである。痩

          文化と間食