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家族サービス

金曜日の夜、上司が「この週末も家族サービスだよ」などと誰かに言いながら帰っていったのを横目に見てから、俺もパソコンを閉じる。

家族サービスなんて、独り身の俺には関係のない話だ。
寂しくはない。一人は気楽だ。そもそも、離れて住む両親以外に親戚もいない俺は、週末どうこうだけじゃなく、正月や盆に親戚で集まる習慣もない。なんというか生粋の一人っ子だ。

今日も一応習慣で ただいまとは言うが
返事のかえってこないワンルームに帰宅する。
面倒くさがって数日見てなかったマンション一階のポストには複数の封筒やらDMが入っていた。

古い友人からの封筒が入っている。
そーいや結婚するとかいってたな。
一緒にバカやってたあいつがか…。
俺の何が違うんだろうかなどと思いながら素直に喜んでやれない自分を少し恥じた。

ったく、祝儀代ばかり払って回収できる気がしない。
彼女もいない俺はひがむぐらいしかできなかった。

缶ビール片手にポストから取りだしてきたピザのチラシや寿司の出前のDMを選別して捨てていると、見なれないダイレクトメールが入っていた。

「家族…サービス?」
俺は興味を引かれてその変なチラシを見る。
初回無料と書かれたそれは、しっくりくる家族をサービスしてくれるということだった。
なんだこれと俺は笑い飛ばしゴミ箱に捨てたが、ビールの空き缶が2本転がる頃に、面白がって電話してしまった。

夜中だというのに電話が繋がり、早速明後日の日曜日に 家族 が俺の家に来るらしかった。
会ったこともない家族を注文した俺は、いいネタになるか、ぐらいの軽い気持ちで眠りについた。

…結論から言って日曜日はとても楽しかった、初めて会ったはずの女性が妻なのだが、昔からそうだったと言われたら信じてしまうような なんとも安心感がある演者?というのかとにかくしっくりくるスタッフさんだった。

このサービスには子役もいるらしく、それはそれは可愛い、一目見て守りたいと感じた小さな男の子が「パパーっ!」と言って駆け寄ってくるのだ。
俺は感じたことのない感情を自分の中に見出した。
これが父性か、などと思わず笑みがこぼれる。
その日はみんなで水族館に行った。
意外に家族連れもいるんだと、周りを見て気づく。
以前は走り回る子供を見てもうるさいぐらいにしか思わなかったのが、可愛いなと思えるようになっているのだから不思議なものだ。

俺はそれから毎週のように家族サービスを利用した。
費用もそれなりにかかったがそれ以上に俺は満たされていた。
金曜日はなるべく残業せずに早めに帰り、翌日来る家族のために部屋を片付ける。

遊園地や子供向けの映画など、今まで興味のなかったことについてスマホで調べている時は、本当に父親のような気持ちになっていた。
仕事に対しても、自分のためだけじゃない誰かの為だと思えるようになり
帰ればあの笑顔が見れると楽しみに働けるようになっていた。

そう、俺は週末だけじゃ足りず平日の夕方も利用し始めていた。
こうなってくると俺の給料では足りなくなってきていたので、貯金に手を出す。
特に趣味もなくあまり使っていなかったので、まあ家族に使えるなら、と新しい趣味と思うことにした。

ある日、いつもの様に予約の電話をする。
「すいません 来月も平日の夕方と週末2日ともお願いします」
しかしいつもと違い、電話越しにオペレーターが申し訳なさそうな声を出した。
「すみませんお客様、口座から先月分がまだ引き落とせておりませんので
次回予約は受け付けられません…」
そんなはずはない!
俺は慌ててそのままコンビニへ残高確認しにいった。
…本当に0円になっているではないか!

我も忘れて使いすぎた。
しかし俺にはもう家族なしでは生きていけない。

「なんとかなりませんか」
そうオペレーターに藁をもすがる思いで頼む。俺から家族を奪わないでくれ

「どうしてもということでしたら…」
オペレーターは、そう言って仕事を紹介してくれた。

…俺を週末、誰かの家族に派遣する、というものだった。

一見、魅力的な提案に思えたが
(何せ俺が誰かの家族になることで、誰かも幸せになるかもしれない)
しかし俺は家族との時間が欲しくてお金が欲しいのだ。
週末それでは家族に会えないではないか
「…少し考えさせて下さい」
そう言って電話を切った。

その週末、俺は久々に両親の元へ会いに行った。
理解してもらえるとは思えなかったが、どう説明していいものか困り、ついにこう切り出した。
「家族サービスを利用していて困ったことがあるんだ…」
それを聞いて、みるみる両親の顔が曇る。

そりゃそうだ。そんなわけのわからないものを突然受け入れられるとは思っていなかった。
いや、誠意を持って説明すれば、俺の家族を受け入れてくれるはずだ。
だが両親の口から出たのは、予想してない返事だった。

「気づいてしまったのですね、私たちが
家族サービスだということを。」

父が言う
それに続いて母が口を開いた

「あなたの本当のご両親が事故に遭われる前に、一人っ子で親戚もいない幼いあなたを心配して
もしもの時は、と遺産で我々を雇っていらっしゃいました。
あなたに[家族と一緒に過ごしてほしい]とご両親からのご依頼です。」

俺は今まで聞いたことのない他人行儀な両親…いや、両親だと思っていた家族サービススタッフからの言葉をただ呆然と聞いていた。


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