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精神科における認知症の扱いについて。

わたしが精神科医になったとき、自分の使命は「統合失調症と双極性障害、うつ病の人を治療すること」だった。15年くらい前のことだ。同期も似たようなものだったと思う。いまは違うのかもしれない。

「身体拘束の劇的な増加」の背景には「重度認知症の人の増加」に加えて、わたしを含む一部の精神科医が認知症の扱いに慣れていないこと、があるのではないか、と思ったのだった。実情を少し、書いてみようと思う。

統合失調症を扱う科としての精神科

精神科であつかう病気の主役は長い間、統合失調症だった。統合失調症7:双極性障害(+うつ病)2:その他1 といったところだろうか。治らない、悪くなるいっぽうだと言われていた統合失調症を治したり悪くならないようにしたりする。社会復帰を目指し、病院から出て暮らせるようにし、偏見を減らす。そういうことが、精神科医のいちばんの使命だと考えられてきたし、そう教えられてきた。わたしだけではないと思う。そして、精神保健福祉法(精神科関連の法律)も、おもに統合失調症を念頭において、作られている。

認知症と比べたときの統合失調症の特徴

まず、統合失調症は、若い人が多くかかる病気だ。40代でかかる人もいるとはいえ、10代〜20代でかかる人が多い。本来これから社会に出る(その意味では、社会【復帰】という単語が適切ではないケースも多い)時期に病気になる。治療者としては病気を軽くして、再燃・再発を防ぎ、勉強したり働いたり、結婚したりしてほしい。そのための支援もいろいろある。一般就労とまでいかなくとも、たとえば年金をもらいながら(統合失調症の場合は年金は通りやすい、額はたいしたことないにしてもだ)作業所や障害者雇用で働いてほしい。障害福祉サービスも、不十分とはいえ充実はしてきている。

若いということは、他の病気が少ないということでもあり、精神症状最優先で薬を選べるということでもある。

また、統合失調症の派手な症状は、多くの場合、適切な治療(薬物療法)を行えば、数日から数週間でおさまる。保護室(隔離)や身体拘束が一時的に必要になるとしても、解除(終了)の見込みはある。すぐには退院とまでいかないにしても、作業療法(レクとか芸術・工芸とか)に出るなどの、それなりの入院生活を送ることはできる。その作業療法も、なにより統合失調症の治療に役立つように作られていると感じることが多い。作業療法への参加と病気の回復度合いがいちばん相関するのが、統合失調症なのだ(異論はあるかもしれない)。変化や刺激を極力減らすという病棟のありかた自体が、統合失調症の治療に最適化してもいる。

統合失調症の患者さんは、最重症の時期はともかく話は通じることが多い。話が通じづらい人についても、医師や看護師は教育されているのでなんとかなる。最低限の指示は守ってもらうことができるケースがほとんどだ。守れないケースもあるにはあるけど、それは、短期間の隔離などでなんとかなる。また、統合失調症では(基本的には)記憶力は障害されない。これも大きい。

まとめると、統合失調症の患者さんは、一時的には重症で話も通じづらく隔離や拘束(まれ)が必要としても、多くの場合薬は効くし、その後どうすればいいかもわかっていて、発症後すぐに治療を開始できた例ではとくに、退院もできるし地域で暮らしたり働いたりもできることが多い。

過去においては、ずっと退院できない人は多くいたし、そうこうしているうちに病院の外で暮らす能力を失ってしまい長期入院に至る人も多かったし、そういう過去のある高齢者はいまも実際入院していたりする。病院になじみ、それはそれで楽しく暮らしているように見える人も多いし、そうはいっても退院する人もいるし、そういう人とのかかわりも、精神科医の仕事だし、じっさい、楽しい。

いまの時代は、よい薬があり、障害福祉サービスが充実しているおかげで、昔よりもずっと、治療に希望が持てるし、統合失調症の治療は、正直言ってとてもやりがいがあると、個人的には思っている。

統合失調症と比べたときの認知症の特徴

統合失調症の特徴が、重症認知症ではことごとくひっくり返る。

まず、認知症にかかる人のほとんどは、高齢者である。学業の途中でもないし、仕事は引退しているし、今後あらためて結婚する予定もないことのほうが多い(健康な高齢者には、勉強したり働いたり、あらためて結婚したりする人もいる)。介護保険制度のおかげで介護福祉サービスは充実していて、認知症があっても老後どう過ごすかについては選択肢が増えてきたとはいっても、「学業」「仕事」「結婚」が目標になるわけではない。

持病も多い。持病のために使えない薬も多い。精神科病院は、内科的設備が充実しているとはとてもいえないことが多く、内科的疾患をどこまで、どのように治療するかがつねに問題になる。院内に内科医がいる場合はある程度はなんとかなるけど、器具や装置がないのも事実だし、内科の医師が(いるにしても)一人しかいない病院のほうが多いし、内科の病院を気軽に受診できるくらいなら、そもそも入院の必要がないケースが多い。

たとえば徘徊などの症状も、長く続く。看護師の指示を覚えていられず歩けないのに歩こうとして転倒するなどの事態も、そう簡単には解決しない。骨ももろい。骨折しやすい。血管ももろい。頭を打ったときなど、おおごとになりがちだ。

認知症は、軽くなる場合はないとは言わないけど、基本的には進行性の疾患である。治らない。少なくとも、統合失調症ほどには、「治る」「軽くなる」と信じることは難しい。問題行動は減らせることが多い。多くの場合再発するにしてもだ。

精神科の一般病棟の作業療法は、統合失調症を対象に組み立てられている。認知症の高齢者向けに作られているわけではない。参加に必要とされる能力が異なる。病棟も同様だ。たとえば、身体的に不自由な人をケアするのに向かない精神科病棟は多い。数人なら対応できても、数が多くなると、たとえばコンセントの取り合いになる。廊下は車椅子対応にはなっていない。手すりだって、設置されたのは最近だ。看護師も、身体的なリスクのある人に対応するほどの数はいないことがほとんどである。

認知症で理解力が低下している場合、かなりわかりやすくしたつもりでも話が通じないことがしばしばある。通じたとしても、数分後には忘れられてしまうことはもっとよくある。

まとめると、認知症の患者さんは、治すことが難しく、隔離拘束も長期化しがちで、持病が多く精神科病棟での対処には限界があり、薬も限られている。問題行動が減ったとしても、認知症そのものは進行するケースのほうが多い。素敵な施設で幸せに暮らしている認知症の人はときどきいるので、環境を最適化してよいスタッフがケアにあたればもっとうまくいくんだろうけど、少なくとも環境については、最適化されているとはいえないのが実情である。

なお、認知症病棟があれば事態はずっとよくなる。わたしは最近職場を変えた。職場を変えるにあたり、いまの職場を選んだ大きな理由の一つが、認知症病棟があること、だった。また、よのなかには、認知症を専門分野とする精神科医も存在する。専門分野であると名乗らなくとも、認知症の治療がとても上手な精神科医も、もちろんいる。

認知症に慣れていないという問題

ものすごくネガティブに書いてしまった。わたしだけかもしれない。ただ、このネガティブさは、要は、認知症の対応に、わたし自身が慣れていないことのあらわれだと思う。精神科医全員がそうだとはいわないし、ひょっとしたら、わたしがダメなやつなだけかもしれないけど、少なくともわたしは、戸惑うことが多い。

じゃあ重度認知症の人はどこでみるのか。やはり、それでも、精神科の閉鎖病棟が必要とされるケースは多い。認知症病棟は少しずつ増えているし、わたしもいくらなんでももう少し習熟はするだろうし、いまの若い医師たちはもうちょっといろいろ研鑽しているんだろうし、状況は徐々によくなるんだろうとは思ってはいる。

15年前に精神科医になったわたしは、「統合失調症と双極性障害、うつ病の人を治療すること」こそが使命だと教わった。それはつまり、わたしを教える立場だった先輩がたが、それこそが使命であると考えて働いていたということなんだと思う。いまの時代になって、精神科医の使命には「認知症の人の治療」も徐々に含まれるようになりつつある。わたし自身は精神科医なりたての人たちに接する機会が少ないのだけれど、ひょっとしたら、彼らは、「統合失調症と双極性障害、うつ病の人、そして認知症の人を治療すること」を最初から使命として考えているのかもしれない。だからこれは、わたしを含めた、旧世代の言いぶんにすぎないのかもしれない。ただ、そうはいっても、きっと、わたし「だけ」ではないのだと、思う。

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