ラクダ相続問題を完全解剖

有名で面白い寓話があります。
数理的な部分に絞って記述するとこんな感じです。

【問題】
父の遺産はラクダ17頭。三人の息子がそれぞれ1/2, 1/3, 1/9を受け取る権利がある。どう分配する?
【回答】
17は中途半端なので1頭隣人から借りてきて18頭にして 遺言どおり9頭,6頭,2頭をそれぞれが相続。残りの1頭は借りた隣人に返却してめでたし。

寓話の詳細はGoogleで「ラクダ 遺言 分配」で検索するとよいです。この記事では数理的、論理的に何がどうなっているのかを検討します。

正しい手続きは?

受け取るべき三人の配分は (17/2, 17/3, 17/9) であり、実際に受け取った配分は (9, 6, 2)なので、その差分を損得とするなら (+0.5, +0.38 ,-0.12) となり、三男だけが損をしていそうです。しかし、三男の損した分と長男次男が得した分がつり合わないのでスッキリしません。何故でしょう?以下回答です。

まず相続権が不明な資産が存在することを確認します。 1/2+1/3+1/9 は 1になりません。つまり遺産の 1/18(すなわち 0.94頭分)の相続権が不明です。この部分を同様な重みづけ、つまり 1/2:1/3:1/9 = 9:6:2 の割合で配分すべきと定めましょう(違う方法は後で言及します)。

ここまでくると、遺言の意図を間違えた手続きで処理していると気づくでしょう(察しのいい人は最初から気づいているでしょうが…)。正しい計算手続きは「遺産を 9:6:2 に分ける」です。「17×1/2 ないし 18×1/2 で長男の取るべき配分を算出する」という計算手続きは間違いです。

これを念頭に、冒頭の論証を修正します。受け取るべき三人の配分は (17*9/17, 17*6/17, 17*2/17) であり、実際に受け取った配分は (9, 6, 2)なので、その差分を損得とするなら (0, 0, 0) となり、三人とも得も損もしていないことが分かります。隣人の存在すら必要ありません。

練習問題です。相続権の不明な部分を三等分にする合意もあるでしょう。その場合、正しい計算手続きは「遺産を28:19:7に分ける」です。(9, 6, 2)の分配では損得が (+0.18, +0.02, -0.20) となり、三男のみが損をしています。その分だけ長男と次男が得をして全体としてつり合いが取れます。

練習問題です。相続権の不明な部分を喜捨するという合意もあるでしょう。その場合、正しい計算手続きは「遺産を17/18を9:6:2に分け、残りを破棄する」となります。(9, 6, 2)の分配では損得が (+0.5, +0.33 ,+0.11)となります。喜捨すべき分を三人で山分けしたというように解釈できます。

たまたま上手くいっただけ?

上記の考察からわかるように、この寓話の面白いところは「誤った計算手続きにもかかわらず、出てきた答えは正解だった」点です。繰り返しになりますが、ラクダが18頭になったからといって18×1/2で長男の取り分を決めるという手続きは正当化できません。

というわけで、「誤った計算手続きなので間違った結果をもたらす」ような類題も当然あり得ます。

【問題】
父の遺産はラクダ11頭。三人の息子がそれぞれ1/2, 1/3, 1/6を受け取る権利がある。どう分配する?
【回答】
隣人からラクダを1頭借りてきて、全部で12頭にして 遺言どおり6頭,4頭,2頭をそれぞれが相続した。隣人から借りてきたラクダは無くなってしまったが、有力者である三兄弟には逆らえずに隣人は泣き寝入りした。

道徳の話にするな

繰り返しになりますが、この寓話は「誤った計算手続きでたまたま正しい解にたどり着く」という恣意的な構造を持っています。もう少し突っ込んで言えば、「遺産配分が9:6:2であり、運よく遺産が17であった」だけです。理性的な思考さえあれば「隣人からラクダを借りてきて、割り切れるようにしてみる」なんていう根本的に間違えた方法をとる必要はないですし、「ラクダを半分に切り刻んで分配する」という野蛮な行為をする必要はありません。

逆に、理性的な思考をしてもどうしてもうまくいかない構造を持つこともあるでしょう。「遺産配分が9:6:2であり、遺産が18である」ならば、誰かが1頭を多く受け取り、それによる利得を定量的に算出することで他の二人に補償する(例えば酒をおごるだとか、数年間の利用権を付与するとか)ことも可能です。

つまりこの寓話はその構造からして恣意的であり、そこから何かの洞察を得ようとするのは危険です。注意しましょう。