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人生100年時代、教師を辞めても大丈夫?:②発症2ヶ月目2023年8月の様子

この記事を選んでいただき ありがとうございます。

日頃は 30年ほど小学校の教員として勤務してきた経験から
子育てのヒントになることや旅のことなどを投稿しています。
よかったら のぞいてみてください。



2024年3月末で 退職しました。

そしてフリーランスを 目指しています。

そこで #転職体験記  を 綴ってみたいとおもいます。


なお この記事は 体験記の続編になっています。

興味のある方は 下のリンクからのぞいてみてください。




それでは本題に入ります。


7月中旬に 適応障害が発症し 職場に行けなくなりました。

その次の月 8月の様子について 綴ってみたいとおもいます。


適応障害の診断書を 職場に提出する必要があったため

7月末に再度受診し 郵送しました。


診断書提出の件や 転出入児童の書類の件など

メールのやり取りがあり

そのたびに 動悸や 手の震えがありました。


迷惑をかけているので 申し訳なく 必死の対応を続けました。


しかし 職場である学校が 本格的に夏休みに入り 少しは落ち着きました。


診断書が受け入れられてからは 12月末まで 病気休暇となりました。

少しホッとできました。


1学期が終わるまでは 職場が気になっていました。


時計が気になり 朝の放送が始まった

1時間目が終わった 給食の準備が始まった・・・と

ずっと時間を追っていました。


夏休みになると 職員で 学期末の整理をします。

自分が教務主任として 担当する仕事もたくさんあります。

担任業務の一部を行なっていたクラスの 保護者面談もあります。



誰かが代わりにやってくれている

申し訳ない

ありがたい


職場に 行けるものならいきたいが

それはできない


今は ゆっくりと 休もう

自分の体を 休ませなければならない

あの動悸 手の震え 声の震えは

自分自身を助けるための

強制的なサインだったんだ


ここでまた 無理をすると

元に戻ってしまう


職場の仲間にも 子どもたちにも 保護者にも

申し訳ないが

今はゆっくりと休もう



そう おもいました。


妻も 「もう充分やったよ。ゆっくりしよう。」と支えてくれました。

娘も 「おつかれさまでした。たいへんだったね。」と認めてくれました。

とても ありがたかったです。


家族全員が 一日中いる生活に変わったため

3人の生活は しばらく ギクシャクしましたが

日を追うごとに 新生活に慣れ

これまでのように 過ごせるようになりました。


職場に行かなくなったものの 生活のリズムはあまり変わりませんでした。

朝早く起き 家で過ごす時間が 増えました。

本を読んだり ゲームをしたり 自由に過ごせる時間も増えました。


日用品や食品の買い物は 以前から妻と一緒に行っていました。

自宅から少し離れた場所に お気に入りの場所があったので

職場に行かなくなってからも そこで買い物をしていました。


料理を作ることが好きで 趣味でもあります。

買い物は 離れた場所だったので 知り合いに会うこともなく

これまでと同じように 行くことができました。


知り合いに会うことは やはり 避けたいとおもっていました。

悪いことをしているわけではないけれど

平日のこんな時間に 何してるんだろうと 思われないかな。


だからといって 休日には 知り合いに会う可能性が高くなります。

まだまだ 知り合いに会うことは 抵抗がありました。


そんな中 8月中旬には 筋力トレーニングを始めました。

少しは 体を動かしたほうがいいだろうという気分になりました。

おかげで 以前に比べ しっかり眠れるようになりました。


朝のストレッチも始めました。

体を柔らかくすることは大切だと 

医師からも続けるように勧められました。


そんな日々が しばらく続きました。


とある日 

2世帯住宅の 1階に暮らす 高齢の母親が 

頭のコブ(腫瘍)を取り除く 手術をしたいと言い出しました。

久しぶりの同窓会に出席する前に 取り除きたいらしいのです。


高齢の両親には 自分の状況を説明すると 

心配するだろうとおもい だまっていました。

親の介護のために しばらく休むことにしていると伝えていました。


母親の そのコブ(腫瘍)は 悪性ではなく 良性のものだから

手術後1週間もしないうちに 退院できるだろうとのことでした。


問題は 母親と一緒に暮らす 父親のことでした。

心臓の病を患っており 日常生活の介護が必要でした

話し合って 介護施設に ショートステイを申し込むことにしました。


8月末は この手術と ショートステイの 手続きや

送迎などを行ない 過ぎていきました。


9月が近づくと また 職場からのメールが 

頻繁にくるようになりました。

動悸や手の震えは まだありましたが

少し やわらいだように感じました。





今回は ここまでです。


発症の次の月である8月は 職場である学校が夏休みに入ったことで

きもちの面では 少し落ち着けたような気がします。

自分の体のケアも 気がけるようになりました。

家族と医師、職場の方の支えのおかげだと おもいます。


次回は 次の月からのことについて 綴ってみたいとおもいます。




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