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選択的夫婦別髪

仕事の合間にネットのニュースを見ていると、おかしな記事が目に入ってきた。選択的夫婦別髪という制度の是非で揉めているらしい。夫婦の髪型は別々に選べるように、なんてことを法律で定めようという動きで、髪型の強制は人権侵害などと大仰な主張をしているやつもいる。おれは今までそんなことを考えたこともなかったが、40過ぎて髪の毛が薄くなってきたこともあり、少し興味をもった。

おれの髪型は肩より少し上のおかっぱで、前髪は眉毛の上で切りそろえている。親父とオフクロももちろん同じ髪型だ。オフクロは強度の天然パーマだったので、結婚を機に縮毛矯正をしたそうだ。母方のばあさんが天然パーマの家系だったので、婿養子だったじいさんは老人ホームに入ってからもヘルパーさんにしょっちゅうパーマ屋に連れて行ってもらっていた。オフクロもじいさんも髪型なんて変えたところですぐ慣れる、と言っていた。おれが結婚したとき、おれの嫁さんは当然おれと同じ髪型になった。

もし夫婦が別の髪型になったとしたら、パッと見夫婦かどうか分からないし、髪型が違う両親と一緒に歩く子どもは他人に連れられているようで可哀そうだ。そもそも子どもにどうやって髪型を選ばせるんだ?

だがおれの勤める会社でも、結婚後も旧髪のままにしている女は増えている。こいつらの夫はどんな気分で自分の嫁さんの髪型を見ているんだろうか。まさか床屋まで別々ってことはないと思うがどうだろう。

他にもネットの記事を見ると、サイボーズという会社の社長は婿養子でもないのに、わざわざ嫁さん側の坊主頭にしたらしい。それでいて戸籍やパスポートの写真は本髪のままにしていると言うから、自分で変えておいて不便だ不便だというやつの気が知れない。徳川時代までは夫婦別々の髪型だったなんてことを言いだすやつもいるが、誰がちょんまげの女を見たいとでも思うのだろうか。

家に帰ってからこの件について嫁さんと話をしてみた。嫁さんは結婚してからおれと同じ肩より少し上のおかっぱにしているが、本心は変えたくなかったそうだ。こいつの実家は代々ツーブロックだったので、結婚式までに髪の毛を伸ばすのに2年もかかったことをおれは思い出した。おれだってツーブロックにしろと言われるとどちらかと言えば嫌だが、まあそれはそれで悪くないかもしれない。おれはツーブロックの自分の姿を想像して少し面白くなったが、変に落ち着かなくなってやっぱりおかっぱでないと嫌だなと思った。

そんなことを考えていると嫁さんが髪型を戻したいから離婚してくれ、と言い出した。女だけが髪型を変えるのはおかしいとか、アイデンティティがどうとか言っていたが、どうしてもツーブロックに戻したいらしい。おれはあまりの急な展開に頭が混乱して、おれもツーブロックにするから考え直してくれとか何とか言った気がするが、嫁さんは今日にでも子どもを連れて家を出ていくからあとは弁護士と話をしてくれと言い残して部屋を出ていった。小学生の2人の息子の髪型はいつのまにかツーブロックになっていた。

その夜、おれは昔の写真、おかっぱのおれとツーブロックの嫁さんの写真を見て、泣いた。


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