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ドン・キホーテと「アンド俺」の狂気

プライムビデオで三谷幸喜監督の清洲会議が見れるようになっていたので視聴したところ、これが面白かったのでラヂオの時間、有頂天ホテルと立て続けに三谷幸喜監督作品を視聴した。

有頂天ホテルは以前見ていたはずなのに、ストーリーを全く覚えていなかったので、退屈せずに見ることができた。群像劇という言い方でよいか分からないけれど、映画の世界観のなかで登場人物がそれぞれの個性を発揮しつつ、それぞれの役割を果たし、物語を完結させており、大団円を迎えたエンディングは爽快に感じた。

清須会議にしてもラヂオの時間にしても、登場人物が三谷幸喜の世界観のなかで完結した役割を果たしているのだが、有頂天ホテルにおいては違和感を覚える人物がひとりだけいた。香取慎吾演じるベルボーイがそれで、彼はこの世界観から逸脱しているように感じた。香取慎吾の存在感というのもあるかもしれないが、作中での歌に興味を持った。

ドン・キホーテ、サンチョ・バンサ、ロシナンテ、アンド俺

天国うまれ/甲本ヒロト

売れない路上シンガーが歌いそうな歌ではあるが「何か耳に残る」曲として扱われ、元気のない大御所演歌歌手がこれを聞いて一緒に歌い元気を取り戻す…という流れになるが、歌を聞いて元気になるだけなら苦労はしない。作中でも気分の浮き沈みはいつものこととして、歌の力で元気を取り戻したとはされていない。

ただ、耳に残るというのは間違いなく、調べると作詞作曲は甲本ヒロト、曲名は『天国うまれ』、この作品のために書き下ろしたとのこと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%A4%8F%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88/%E5%A4%A9%E5%9B%BD%E3%81%86%E3%81%BE%E3%82%8C

ここで歌詞に登場する「ドン・キホーテ」だが、現代日本でのドン・キホーテといえば激安の殿堂であり、あのペンギンが想起されるわけだが、ここでは物語のドン・キホーテであることには疑いない。ちなみにX JAPAN(当時X)の『JOKER』という曲でもドン・キホーテが登場している。作詞作曲はhide。

気が付きゃ文無し元のドン・キホーテrude boy & junkie girl

JOKER/X

『JOKER』はギャンブルをテーマにした曲で、ギャンブルに負けた自分をドン・キホーテになぞらえている。逆に成功者のモデルとしてカサノバやネロが挙げられていており、90年代前半のXという破天荒なバンド(という当時の印象)の歌詞でドン・キホーテに加えカサノバやネロを引用していたことに、今にしてちょっとした驚きを感じる。

さて、ドン・キホーテは読んだことがありますか、私は無いです。サンチョ・パンサ、ロシナンテともども名前は知っているものの、風車と戦う頭のおかしい騎士?程度の認識しかなく、ここはひとつドン・キホーテを読んでみようと、図書館で岩波少年文庫のドン・キホーテを借りて読んでみた。

騎士道物語を夢中になって読むうちに自分自身が騎士として旅に出なければならないという妄想に取りつかれた男とそれに巻き込まれる従者、という設定で、頭のおかしい人の話として物語を読みはじめた。(風車との戦いはクライマックスではなく序盤に出てくる)それはそれで滑稽で面白いのだけれど、後半になってからがより面白くなった。

はじめは主従の冒険を外から眺める形で読み進めているのが、妄想から出た自業自得とはいえ、死んでもおかしくないのではないかというほどさんざんな目に合ったり、この主従をからかってやろうという連中が出てきたりするうちに、いつのまにか主従の仲間になったような気持ちで感情移入してしまっていた。後半にはサンチョ・パンサの聡明さやドン・キホーテの誠実さがクローズアップされ、最後にはドタバタが終結して感動的なエンディングであった。

『天国うまれ』の歌詞には、

変な名前をつけて呼び合ってみよう
笑えて泣ける変な名前

天国生まれ/甲本ヒロト

とあり、これはドン・キホーテ後半のエピソードを取り上げたものと思われ、当たり前ではあるが、劇中歌『天国うまれ』は甲本ヒロトが物語のドン・キホーテに影響を受けた曲ということになる。頭のおかしいドン・キホーテに憧れる人はまずいないと思うが、物語を通じてドン・キホーテ主従の誠実さやまっすぐな姿勢に心を打たれることはあると思う。

ドン・キホーテ、サンチョ・バンサ、ロシナンテ、アンド俺

天国うまれ/甲本ヒロト

しかし「アンド俺」はどうだろう。ドン・キホーテと共に旅をするにしても、夢を見るにしても、このメンバーの仲間になるには常人にない狂気が必要だろう。「アンド俺」にふさわしい人物が現代において甲本ヒロト以外にいるだろうか。

有頂天ホテルにおいて、登場人物はそれぞれの物語に何かしらの決着を付けた。主役級の役所広司演じる副支配人は演劇関係の仕事への未練を断ち切って、ホテルマンが仮の姿ではなく真実の自分自身であることを確信したようだし、佐藤浩市演じる政治家は、前途は多難そうであるものの、汚名をかぶりながら政治の世界に居続けることを決断した。

その中で、香取慎吾演じるベルボーイは、夢を追い続けることを決断したものの、ミュージシャンとして身を立てることができるかどうか。続けていれば偶然ヒット曲が誰かの耳に留まり、ブレイクすることがあるかもしれない。だが「アンド俺」で居続けるほどの狂気までは持ち合わせていない常識人のように思える。

エンディングのステージでの見せ場はYOU演じるシンガーが持っていった。ベルボーイはそれを遠巻きに見ていた。当時SMAPとして多忙であったであろう香取慎吾のスケジュールの問題だったのかもしれないが、ギター・バンダナ・お守りが戻った時点で彼の役割は終わっており、もしベルボーイが「アンド俺」であればステージに乱入して全てを台無しにしただろう。「アンド俺」の狂気は完結した映画の世界観から逸脱せざるを得ない。


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