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さよならをしたあとに

attention

|激団甘辛とんぼ様による、朗読劇「さよなら週末論」(創己祭2022)のオマージュ作品となります。

|公演を一度しか観ていないので、解釈違い・設定違いなどあるかも。

|後日談のような形で書きました。ifストーリーです。

|素敵な公演へ、敬意を込めて。

 *

case.M

 ついに、迎えてしまった。
 リビングではお母さんがご長寿アニメを見ながら笑っている。弟の金属バットを借りて、ベランダへ出た。
 空が、赤く光っている。いつもの空、なのかもしれない。どうだろう。もうすっかり忘れてしまった。

 大丈夫、大丈夫。
 深く深呼吸をして、バットを構える。
 結局、一昨日帰宅してから久保田は素振りをしたんだろうか。今もこうして私と同じように、隕石を打ち返すべく腰を落としているんだろうか。
 何度か腕を引いて、動きのシュミレーションをする。触って3日目の金属の質感は、まだ手に馴染んでいなくて、気を抜くと滑り落としてしまいそうだった。

 大丈夫。
 もう一度深呼吸をする。
 予告ホームラン。絶対に打ち返す。
 左手が下、腕を引き付けて、腰を落とす。
 フと息を吐いて、目を瞑った。
 ブン、と重たいバットが空を切る。

 なぜだか、眼からは涙が溢れて止まらなかった。
 リビングからお母さんが、「夕飯冷めちゃうよ」と呼んでいる。きっと赤くなっているであろう目を開いて、卑しい宙を観た。
 さっきまでの赤色は引いて、明るい黒が一面に広がっていた。
 あれ、もしかして、本当に?
 そう思ったら、もう、そうとしか思えなくて、今度はさっきのとは別の涙がぽろぽろと零れた。

「お母さぁん! 晩御飯、いっぱい食べるから準備してぇ!」

 *

case.K

 拝啓、拝呈、啓上、謹啓、謹呈、恭啓。
 どれを書いてもピッタリ来なくて、また便箋を丸める。だって、アメリカにいる男の子に手紙なんて、書いたことない。
 もしシェルターに入ってすぐに、日本文化を忘れさせられて国際的な生活を求められていたら?
 もし届いた手紙が、彼の元に届かなかったら?

 どうしよう。
 どうしようどうしようどうしよう!

 国際便の出し方を調べて、必要なものを全部揃えて、あとは書いて渡すだけ。なのに色んなことが頭の中を渦巻いて、ちっとも文章になってくれない。なんで、どうして、今まではちゃんと納得はいかなくても書けてはいたのに。

 理由は明白。今日原くんとお話したから。そうだ、そうに決まってる。このぐるぐるは、原くんのせいで、原くんのおかげ。言葉を交わせたことで、頭の中の彼がよりホンモノの彼に近付いて、それが嬉しくて、思わず口端が弛んだ。
 私がちゃんとした手紙を書けなくても、彼ならきっと受け入れてくれる。また「うれしい」って、笑ってくれる。
 そうしたら私もまた「うれしい」って返すの。
 そうやって優しい素敵な彼に似合う言葉をお互いに紡いで、気付いたら時間が過ぎていて。それが明日も、明後日も、その次も、ずっとずっとずっと、永遠に続いていく。
 命が終わっても、世界が終わっても、ずっと。
 ずっと大好きだから。

 ……まだ時間は大丈夫。
 今日は脳内の彼とおはなしするみたいにして、手紙を書こう。

 土曜発の航空券をカバンにしまっているのを確認して、また机に向かった。

 *

case.T

 宮野は、ぽかんとした顔をしていた。
 それでまた、やっぱり好きだなと思った。
 いつからとか、なんでとか、そういうのはよく分からない。

 へなちょこなフォームで、俺のバットを振っていた宮野を思い返す。
 隕石を打ち返すなんて、そんな馬鹿馬鹿しい、と思っていたけれど、案外やってみるものなのかもしれない。
 そもそも、落ちてくるかどうかもわからないものを受け入れてるのがおかしいんだ。なんでも、物は試し。それに、宮野も打ち返して、俺も打ち返したら、2人分。確率だって2倍になるもんじゃねぇの?
 この地球上に、何億といる人間の、たった2人分だけど、それでも俺は、やるしかないと思った。
 あのときの宮野の目が、やけに真剣だったから。

 昨日教室で教えてやったのを頭の端で考えながら、いつもみたいにして庭で素振りをした。
 飯のとき親父に言われた「大学はどうするんだ」に向かっても、バットを振ってやる。俺の人生だ。酒ばっか飲んで浮かれてる親父に心配される筋合いねぇよ。
 コーチのあの言葉にも、担任のあの言葉にも、ムシャクシャしたのを全部、空の遠くへ打ち返した。

 バットが空を切る度に、不思議と心が晴れてきて、進路のことだとか、部活のことだとか、もやもやしていたのがどうでも良くなってきた。

 あぁ、月曜日、来て欲しいけど、来て欲しくないな。
 だってOKされる自信、ねぇもん。

 *

case.K

 ぱぱぱぱーん。
 トランペットの音が、脳内で弾ける。
 これは、メンデルスゾーンの結婚行進曲。
 別にコンクールとかでやったわけじゃないけど、不思議と頭に流れてきた。なんでだろ。
 小首を傾げてから、また、スマホの画面に視線を戻した。

 2日前に、ネットサーフィンをしていたらみつけた掲示板。
 それはシェルターに入りたい人たちの集まりで、緻密な計画が練られているそれに、私は課題もそっちのけで釘付けになってしまった。

 国が用意したシェルターに入るには3つの方法がある。
 1つ目は、国に貢献出来るレベルで偉くあること。総理大臣とか政治家とか。今からそれになるのは無理だから、これはナシ。
 2つ目は、膨大なお金を用意すること。国が資金に充てられるくらいの、何千万、何億ってお金。そんなの持ってないから、これもナシ。
 3つ目。これが闇取引っぽいやつ。ひとりの命と引き換えに、だれかひとりをシェルターに入れてくれるんだって。ほんとかなって、最初は怪しんでたんだけど、保険金のうんぬんとか、なんやかんや、文字でたくさん書いてあるのを見たら、なんかほんとなんじゃないかって思えてきて、だから、信じることにした。

 ね、宮ちゃん、だから、安心していいからね。

 *

case.H

 母さんが泣いている。
 父さんは、昨日のうちに行ってしまった。
 今夜は僕の番。そして、母さんの番だから、さっきからずっと。

 今日学校で、友達に話をしたんだと告げた。
 今夜アメリカへ発って、シェルターに入るんだと。いつものように、そうやって今日あったことを話したのが良くなかったのかもしれない。彼女はそれから、ずっと涙を流している。明日にはシェルターに入れるんだから、そのことだけを考えていればいいのに。息子想いの母親だ。
 かえでさんは……かえでさんと、宮野と久保田は、ちゃんと僕の言葉を信じてくれているだろうか。
 原というクラスメイトのひとりの男が、両親に連れられるままに、アメリカへ発って身の安全の確保出来そうなところに行くということ。そうして僕がそれに、あまり乗り気じゃないということ。

 人は案外、前もって嘘を吐こうと準備しておけば、さらりと嘘を吐けるものだ。僕という人間がどういう人間なのかを把握した上での、隙のない嘘。進路希望を白紙で出したというのだけが本当だけれど、嘘の中に真実を混ぜることでより嘘が浸透しやすくなるというものだ。
 それで、あまりにも自然に嘘の言葉が出てしまったもんだから、僕も僕自身で驚いた。
 いつバレるかなんてどうでもいい。
 僕はきっとすぐに死ぬんだから、どうでも。

 今夜僕は、XXの建てた基地へ行って、命を懸けて地球を護る……らしい。正直まだ実感もないし、地球を護るだなんて、馬鹿馬鹿しいとすら思っている。
 けれど、徴兵には従わなきゃならない。
 父さんが赴いたところは、僕の行くところよりも過酷だと聞いた。だから母さんは、昨日は今日よりももっと泣いていた。もしかしたらそのせいで、今日流す分の涙も流しきってしまったのかもしれない。
 必要最低限の荷物だけ持って、僕は今夜、出兵する。

 お国のために、お星のために。

 僕はきっと、週末にはさよならだ。

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