「ゾウより大きくて、アリより小さい生き物なーんだ」 「……」 応えないでいたら、解んないかァと煽られた。NO、私はお前と違って目前の数字を解くのに集中の全てを向けているんだ。今から頑張らねば受かるものも受からんという教師の言葉を馬鹿正直に信じているから。 「……なんか楽しいことしたぁい」 「してるじゃない」 「なに、なぞなぞ?」 「数学」 「どこがぁ」 「……進んだの」 「いま問四」 頭の回転が速いバカほど、嫌いなものはない。 「……そう」 少しの間を開けて返したそれが
attention |激団甘辛とんぼ様による、朗読劇「さよなら週末論」(創己祭2022)のオマージュ作品となります。 |公演を一度しか観ていないので、解釈違い・設定違いなどあるかも。 |後日談のような形で書きました。ifストーリーです。 |素敵な公演へ、敬意を込めて。 * case.M ついに、迎えてしまった。 リビングではお母さんがご長寿アニメを見ながら笑っている。弟の金属バットを借りて、ベランダへ出た。 空が、赤く光っている。いつもの空、なのかもしれ
あー、あー。 入ってるかな、えーっと、二〇四〇年八月二十二日、記録。 かの学者は昔、おれたちの星がいつか生活することができないような環境——例えば大規模な人口爆発や温暖化による環境劣化、生態系バランスの崩壊などだ——に陥ってしまった時のために、他の星へ生活拠点を移すことを第一に考えたという。その移住案における地球視察部隊がおれたちだ。先祖代々、おれの家系は地球で生活している。それがいつまでなのかは、おれたちの知るところではない。地球の中でも比較的平和で、良い意味でも悪
「伊野並くんって、人間の心ない感じするよね」 彼女はそう言ってからりと笑うと、静かに揃いのネックレスを机に置いた。 「今までありがとう」 チリン。ベルの音をおまけにゆっくり閉まった入り口の扉。意図せず溜息がひとつ零れ、僕は一人、ふるびた喫茶店のテーブル席で熱いスマホ画面を叩いた。 愛だとか恋だとか、イマドキの大学生が求めるそういうものに興味を持ったことはなかった。必要と思ったことも。それは井下と付き合ってからも変わらなかったし、別れた今この瞬間も変わらない。
八時三十五分。 絶起、遅刻、寝坊、地獄、一限、欠席、落単、最悪、絶望。 一限の開始が八時四十五分、うちから大学までは車で十数分。着替えもメイクも準備もまだ。 大学生なら誰もが過ごしたことのある朝。これを過ごすまでは大学生じゃないねと大口を叩くような奴がいるほどだ。私はそいつのことが好きではない。 生成の羽毛布団を蹴飛ばして、寝ぼけ眼を擦る。怠惰。布団を蹴飛ばした時点で、一限に出ないことは決めていたので、今日は独りで有意義な朝。 有意義というのは、私の人生に私が見出
「すみません、塩。チャーシュー追加で」 残業、残業、有給。残業残業、休日返上、休日。 残業残業残業、と続いた木曜日。 木曜日ってのが1番嫌いだ。先週の疲れを持ち越して死ぬ気で働いた月火水、その疲労とストレスがつま先から頭頂までギッシリ詰まっている。それで翌日も仕事。 もう無理、もう限界ってときに、俺はこの屋台に倒れ込む。 「塩一杯。チャーシュー追加ね」 コトン。 置かれた器は、音に反して重厚感がある。 ぐるりと回った雷紋に、単純な胃はラーメン以外を受け
リイン、と夕焼けがさした窓の外から虫の声が聴こえる。鈴虫だろうか。青松虫かもしれない。 追ってチリンと店のドアベルが高く響いた。 「いらっしゃいませ。『いつもの』で、よろしいですか」 私の問いかけに答えるように、小さなお客はピュイと鳴いた。 * この店には、色々な人が来る。 学校に通っている人、通っていない人。仕事に追われている人、追われていない人。恋人のいる人、いない人。 人生を楽しめている人、楽しめていない人。 たくさんの人生―ものがたり―の