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舞台『粗末な人たち 新宿編』- モミジノハナ第三回公演を観た

個人演劇ユニット『モミジノハナ』第三回公演『粗末な人たち新宿編』を観た。最高だったな。いつも安全地帯から他人をながめている女とか、じぶんが傷を追わないよう自意識をコントロールしているつもりになっている女に嫌気がさしてる人がみたら、ラストは痛快だったかもしれない。

●STORY●
新宿のとある会員制キャバクラに小説家希望の女・サクラが入店し、そこで働く人たちを「取材」と称して観察するところから物語が始まる。他人の人生を面白がること、他人に人生を消費されること、面白がってもらったり消費されたりしなきゃやってられない、はじまらないってことについて、自身を商品として生きる世界を通して考えてみようと思います。(野花紅葉さんより)

以下は、あくまでも個人の感想・見え方です。


じぶんが描く作品の題材にしようと手っ取り早くキャバクラを選んだサクラには、どうも計画性がなさそうである。10年ほど書き続けているが作家として芽がでない、2ヶ月後には小説公募の締め切りがあるという事実から、取材現場を風俗業界にしたのは「衝撃的なドラマが何かあるかもしれない」程度の他力本願な動機からだったのではないか……?と、おもう。

それに、お時給の最安値が4,000円ときいただけで飛び上がるくらいのリサーチ不足は、小説家希望としてはかなり違和感があるのだ。ネット時代にその鈍感さはウソっぽいでしょ、と。べつにそこはどうでもよかった(お幾らだろうが実行した)から調べてなかったが金額をきいてビビッただけかもしれないが、採用の決め手がビジュアル一手とおもってそうなあたりもなんだかズレている。「えっ、ここキャバクラなんですか!?」と訊いていたが、いったい何だとおもって面接にきたのだろうか。面接をしたボーイの黒岩も、あまりの素人っぷりに新鮮さをかんじていたようだ。

開幕10分ほどでサクラは世間知らずですよ~!と、舞台が全力で教えてくれる。ズレきった彼女の個性を「設定の甘さ」と捉えてしまった人にはこの先の物語がつまらなくみえるかもしれない。ああいう粗削り感や場違いっぷりを演出しているのは、作り手側としてたぶんわざとだろう。

より多くの指名料を稼ぐことよりキャストとなかよくなって現場のようすを知ることのほうが大事なサクラは、仕事の適正を考える必要はなかったと言える。根がまじめなので、「働かせていただくのだから精一杯がんばりますッ!」と叫んでいそうだが、そういう態度がまた行き当たりばったり感を増幅させている。

異質なサクラはやはり待機スペースにいる常連キャストと話があわない。他人のセンシティブな事情に土足で踏み込むし、興味本位でうごくのを心の底から悪いこととはおもっていないからだ。さまざまなクレームを受けてワタシ空気を読もうと努力してますよアピールだけはするが、うまく近寄れないことを理由に開き直って「結局は、真っ正面から質問しちゃってます」となる。この図太さが突破口となり、ワタシはワタシが面白いとおもうものだけを追いたいのですというサクラワールドが、キャバクラの待機スペースにじわじわと広がっていく。

表向きはめちゃくちゃ腰が低くて、人間関係に不具合を起こすたびひたすら謝っていたりする小心者だが、掘り下げたい疑問点を曲げようとはしない頑固さがある。キャストからどんなに爆弾級の秘密を明かされてもサクラが面白いとかんじなければスルーされる。「質問したのはそれじゃないですよね……?」とか言うし、よく出来た物語だとおもいますとディスられる。これを、まったくもって悪気なく伝えられるので言われたほうはダメージがでかい。混沌の種をふりまく女である。

体験入店(体入・たいにゅう)をしたサクラがはじめに声をかけたのは現役女子大生のマリだ。一人で座ってモバイルをいじっているだけだったから差し支えないとおもわれたのか、新人は挨拶をするものだ(から会話で距離を縮めてもいい)というサクラの考えにさっそく巻き込まれる。

マリは、お店のマナーについては「キャストに介入も反応もせず最低限の意思表示だけをすること」をざっくり伝えるが、相手はその逆をしようとする。めんどくさいなあ、とおもったときはイヤホンを付けて音を遮断するが、サクラがいるときはなんとなく耳を傾けるようになっていく。大学の講義がある普段は週3勤務なところを、春休みだからと多めのシフトにしているが、新人が場を乱すのを面白がりにきているふうにも見える。

決してモブではないのだが、存在としては「別のキャストとの橋渡しになる人」「展開のきっかけになる人」でキャラクターが強いわけではない。誰よりも " こういうタイプの人、いるよね " とおもえるような、当たり障りのなさがある。

ただ、あざとさはピカチイかもしれない。サクラの取材欲を利用して風俗業界のタブーをおかしているキャストとボーイをあぶりだそうとしたり、キャストから気に入られるより際どいネタを掴むべきではないかと焚きつけたりする。対象者が癪(しゃく)で失脚させたいからとか、じぶんに気を引かせたいからとか、職場の風紀を是正したいからといった具体的な理由があるわけじゃなく、ただただノリで面白いからやっているという。

まったくキャストと馴染もうとはしていなかったマリだが、サクラを媒介に細々と会話が生まれるようになる。まずはパーソナルスペースのはるか向こうから話しかけられ、その距離が縮みだし、次第にスッと相席されるようになる。マリからは決してうごかず、じぶんに関わろうとしてきた人にのみ反応していたが、その対応が逆転する瞬間がある。

「え、なんですか?」「どうしたいんですか」と、本気でどうでもいいとおもっていたらしないリアクションが多い。雰囲気は異なるが、他人の気持ちがわからないのはマリも同じだったかもしれない。

一見クールであり他人に興味がなく感情の起伏がなさそうだが、本当はそれなりの感情をじぶんに注いでくれる存在に飢えているのかもしれない、と考えるとマリの見えかたが一味変わってくる。「わたしが気にしてないだけで、わたしが気にされてないわけじゃないし」と、イヤホンで虚勢をはっているのだとしたらそれを外させたサクラは凄い。舞台は、世界に不干渉のマリがいかにキャバクラで幅をきかせていくか? という視点でもたのしめる。

風俗業界の専門用語である「風紀(ふうき)」とは、スタッフがキャストと交際関係をもつことを指す。また、疑似恋愛をする(彼氏彼女の間柄であることをスタッフ側が装う)ことで売れっ子の勤怠管理や退店の引き留めすることもある。後者は「色管理」や「色管」と呼ばれる。

人気キャストのアユとボーイである黒岩の関係は、まさにそれだ。アユは黒岩を彼氏と認識しており、待機スペース裏にある喫煙所でふたりきりになるときは「アユではない私を見てよ!」と、本音をぶつける。アユは、美貌の持ち主で酒豪で客からの要望をすべてのむ(店のルール範囲で)NGなしの女であり、他店には絶対に渡したくない存在なのは間違いない。好条件で引き抜かれてもおかしくはないレベルなのだろう。ボーイの黒岩はそれを色恋感情で管理する役目を担っている。

アユがもっとも語気とアクと色気の強いキャストだが、トッププレイヤーとして君臨しているのはすべて黒岩に喜んでほしいからだ。丸一日むりをして売り上げに貢献している。生まれつき気性が荒いのではなく、心の満たされなさから後天的にアタリの強いかんじになっているとおもわれる。舞台では描かれていないが、きっと彼氏にキュンキュンデレデレするかわいい一面もあるはずだ。

出勤すれば指名がついてしまうから忙しくて密会ができない、風俗(ふうき)しているのがバレるとまずいので基本は店外でも会えない。アユは、たまにある数分の休憩で黒岩と個人的な接触をするためだけにその店にいるようなものだ。

黒岩に激しい感情をぶち当てるアユは、じぶんが風紀している現状をよくおもってはいない。それをする人間が馬鹿にされがちなこともわかっている。ただ、本気で恋愛関係にあると信じているので、彼女としてもっと大切にされるべきだという不満が日に日に増していく。女子大生のマリが、「絶対にしちゃいけないことで、絶対にしあわせになれないこと」と表現していたが、色管されて完全にハマっている人の苦しさや虚しさやどうしようもなさがアユを直撃しているとおもう。

黒岩は、キャストを管理するにあたり強く関係性を保っておきたいときは開店前の誰もいない時間帯に性的な行為をすることもあるようだ。また、必要であれば自宅にも行くが、あくまでも色管という仕事のうち。やりたい放題である。しかし、驚くのはその黒岩も恋する相手がその店内にいるという事実だ。古株のケイコである。

ケイコは、店舗での勤務歴がもっとも長い、気のいいおねえさんというかんじで誰に対しても対等にみえる。ネガティブな感情をポジティブな表現で言い換えて励ましたり、時には「うまくいってないのね、つらいね、わたしに言っていいの?」としんどいことを真っ向から受けとめたり、相手のニーズを読むのが得意なようだ。なんだかんだいってトッププレイヤーのアユより店を熟知して過不足のない雰囲気づくりをするケイコのほうがボーイたちには重宝されているのではないか? という憶測はつく。

黒岩はケイコを真の彼女とおもいどっぷり沼っているが、本当はどうなのだろうか。店のキャストのあれこれを把握かつ操作しているのがケイコで黒幕のように見えるときさえある。オーナーや他のスタッフの姿がみえないが、全体像からどの一角を眺めてもこんなふうなのかもしれない。

ケイコは、肝心なことを言わない。例えば、「あなたがいちばん大切だ」とか「本当はキャストに色管なんてしてほしくない」とか「知らないふりして黙ってみていてごめんなさい」とか。それはアユに色管をする黒岩も同じで、相手が欲しい言葉をひとつもかけられずにいる。わざとすっとぼけている場合もあるだろうが、好きじゃないから需要を察することができないという部分もあるかも。ただ、両者の「言わない理由」には決定的な違いがある。ケイコは、黒岩の立場に配慮してずるずるときてしまった結果すべてを我慢している人になって、「言えない」。黒岩はアユを商売道具としか見ていない上にケイコ以外の女に愛のある言葉をかけることに辟易しているから、「言わない」。

物語の流れとしては、彼らはデキていると考えるほうが自然だろう。前述した微妙なこころの揺れをかんじるからというのもあるが、じぶんのしてきたことを「誰が悪いか?といったら、わたしが悪いんだけど」と断言したのも大きい。また、そういう前置きをして、実際に起こっていることをサクラだけに暴露してしまったことからも信憑性をかんじてしまう。今まで多少「お局」感をだして恐れられていたのが、完全にナメられてしまう存在になったのもリアルだ。

ここまで書いておいてオチには触れずにおわるが、いやはや本当に面白かった!すべての出演者についてああだこうだと考えられるような演劇を観ると、日が経っても「よかったなあ」っていう余韻があるし、めちゃくちゃたのしい。ここには書いてない細かなエピソードの数々が、別の話題をしているとき「こんな舞台があって」ひきだせそうなかんじがしてイイ。まんぞく~!

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