見出し画像

831日記 痾、アルコール

  夏が終わる、という感覚。 9月1日からは秋が始まると思っている。暦ではとっくに立秋を迎えているから感覚上の夏でしかないけれど、今年も私の中で夏が終わっていく。  深夜の大型スーパーで、水槽でうだる熱帯魚のようにゆらゆらと彷徨う大人たち。サンダルの裏にこびり付いたカエルの死骸。スーパームーンを眺めながら散歩した夜。 眠れないまま夜が明けて、光の中でしずかに目を閉じた朝。頭をすり抜けていく愛読書の文字列をぼんやりと眺めていた真昼。積み上がった堅牢な本の塚と、布団に横たわる私。さまざまな日々を擁して、今年も夏が終わる。

「酒精中毒者の死」

あふむきに死んでゐる酒精中毒者の、
まつしろい腹のへんから、
えたいのわからぬものが流れてゐる、
透明な青い血漿と、
ゆがんだ多角形の心臓と、
腐つたはらわたと、
らうまちすの爛れた手くびと、
ぐにやぐにやした臓物と、
そこらいちめん、
地べたはぴかぴか光つてゐる、
草はするどくとがつてゐる、
すべてがらぢうむのやうに光つてゐる。
こんなさびしい風景の中にうきあがつて、
白つぽけた殺人者の顔が、
草のやうにびらびら笑つてゐる。

  萩原朔太郎の詩集を読み始めた。詩中に死臭が垂れ込めていて、いやにおどろおどろしい。そのおどろおどろしさの中には、時々原石みたいなきらめきが見え隠れしている。汚物入れに咲いた花を愛するような感性だと思う。とても好きだ。  酒精中毒者といえば、9%の缶チューハイを沢山飲んで気絶して、起きた瞬間に嘔吐した一昨日、浅い眠りの何もなさが救いだった。私は今おだやかだ。何もない。痛みも苦しみも脳内に溢れる声もない。静かだ。それを自覚した瞬間、ああ救われる、と思った。 死がこんな感じなら良い。

  もう血の赤色くらいじゃきみはなんにも救われないだろう   あのくすんだ優しさも目には入らないだろう   ただ熟した果実のように一層突きぬけた赤さの中で、蒼白く微笑っている  明日も知らずに微笑っている

  読書や作業をする合間にも音が聞こえる。そら恐ろしい。もう少しで壊れますよ、と独り言のような。もう虫の幻覚は見たくない。  痾とアルコール。死にたくない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?