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久しぶりに心から笑った話

スーパーにてお正月の食材を私は眉間にシワを寄せながら選んでいた。
何もかもが高い…!
毎年分かっちゃいるけど…!
コレは普段買うと半額じゃないか…うーん。
きっとその時の私は嫌なオーラを出していただろうと思う。

すると年末でごった返す人混みの中から
「久しぶり〜!!」と手を振りながらショートカットがよく似合う女性が小走りに近づいてきた。

えっ?!誰!?
私にそんなナチュラルに久しぶり〜♪と声をかけてくれる知り合いがいたのか?
と一瞬戸惑いジーっと見てしまった。
私は眼鏡をかけ忘れていたのだ。
(しまった。。誰かと間違えて返事してしまってたら申し訳ない。。)

記憶が正しければ。
若い頃にたまに遊んだことがあり、何年かごとに何処かで会うと言葉を交わす程度の高校の同級生だった。
私が町の近隣に引っ越したのもありここ10年程会うことが無かった。
しかしこんな狭い町で、その間よく一度も会わなかったなというほどの不思議な再会だったのだ。

「誰かと思った!Mちゃんよね??元気だった?!ビックリしたよ。」
Mちゃん、と名前がすぐ出てきただけで近頃忘れっぽい私にしては上出来だ。

彼女は「うんうん私!マスクしててもすぐ分かったよ!」と笑顔だったが‥
私が気になったのは彼女の痩せた姿だった。
元々ぽっちゃりしたイメージでは無かったものの、昔は目がパッチリしていてまん丸顔の健康的な女の子だった。
顔色もあまり良行ではなく、ひと目で痩せ過ぎと分かったのは、もしかして健康を害しているからなのではないか…。
しかしこんな場所で尋ねるのは少々気が引ける。
ここ何年かの彼女の近況も知ることは無かったので、聞くのは失礼だと思った。

彼女は昔から天真爛漫をそのまま人にしたような女性だ。
自分の事も包み隠さず話すが、相手の事も気遣える。
そんな性格はちっとも変わっていない。

Mちゃん「なんか疲れてるんじゃない?お互い年とったからかな笑 大丈夫?」

私「うん、まあここ何年か色々あってねえ。」

「お仕事大変なんでしょ。そっかーまだまだ大変な年齢よね私達も。私も病気しちゃって。実は今抗がん剤治療してるのよ」

私は言葉に詰まった。
昨年、身近な知人と抗がん剤治療の副作用が原因で辛い別れを経験したばかりだ。
高齢ではあったがまだ元気に働いていた。ガンは極初期のもので、場所が場所なので念の為の抗がん剤治療だったのにも関わらず…。

きっと「どうしたの?こんなに痩せて!」と問われる前に理由を言っておこうと彼女は思ったのだろう。
私はいきなりの告白に目が泳ぎ、何と声を掛けたら良いのか、頭の中の言葉が書かれたページがものすごい勢いでペラペラめくられていた。

ああ…でもこうやって彼女は1人で買い物に来て、元気な声で話しかけてくれた。
きっと大丈夫だ。今はもう大丈夫なんだ…

そんな固まってしまってる私の正気を取り戻したのは、彼女の前向きな言葉だった。
「術後も順調だったしこの治療も何回目かなの。効いてるみたいだから頑張るよ!」

「ほんとに無理したら駄目よ?独りで買い物大丈夫?ほんとに大事にしてよ、また今度ゆっくり会おうよ。」

簡単に交わした会話の中で、偶然仕事絡みで彼女の息子さんの職業との共通点もあり、これからもお世話になるかもしれないと伝え、また会う約束をしその場を後にした。
もっと驚いたのは、電話番号を交換しようとして番号を聞き彼女に着信すると、なんと私の名前が彼女のスマホに登録してあったのだ。
いつ交換したのか、私は全く憶えて無かったのに…。
急に申し訳ない気持ちになる。
彼女は何かの偶然だねーと笑っていた。

そして彼女の住む家は、私の職場と目と鼻の先だった。

また来週から治療が始まるので、ゆっくり話せるのは今しかないよ〜と言われ、無理をさせたらいけないと思い、自宅にお邪魔することにした。

暖かいコーヒー、ミカン、お菓子を囲んで私達は怒涛の如くお喋りをした。
何年か分のお互いのしんどく辛かった事、病気の事、今でも実家や親戚とのしがらみに苦しめられている事等々…。
何故そんなにあなたがそこまで苦労しないといけないのかと
私はそんな言葉しか出てこず…
彼女の大事にしている猫を撫でながら、涙がこぼれそうなのを我慢した。

しかし彼女は明るく言う。
「独りでいると病気の事を考え過ぎておかしくなりそうで。高齢の身内からヘルプされ、話し相手になってお世話してたらいつの間にか忘れるのよね〜。親の介護はしょうがないもん私しかいないし。病気の事を話すとみんな嫌がるし、離れていった友人もいる。でもあなたはまず親身に心配してくれた。久しぶりに顔見たら懐かしかったし嬉しかったのよ。ごめんねえ、久しぶりなのにこんな話して笑」

いやいやいや、いーやいーやいーや、
私の事などあなたの悩みや苦しみと比べれば屁みたいなもんですわ!

私は彼女を和ますつもりが、気がつくと昔の私が顔を出し馬鹿みたいな事を言っていた。

それでも彼女は私の身の上話を聞き
「身内から酷い目に遭うってほんと辛いよ…よく耐えたと思う。何もかもぶっ壊したとこから立ち上がれるって偉かったよほんと。何て言うのかな「呪縛?」そこから解放されたと思えばいいのよ。でもストレス溜めたらダメよ、それが身体の病気になるから!」
とアドバイスをくれた。

お互いこの町で必死に生きてきた者同士、悩みは共感するものが多かった。

「でもね、人の不幸を利用してくる人間もいるよね。」
唐突に彼女が言う。

はいきたー。彼女にもきてたー。
そうそう、私も経験済みだ。
宗教という後出しジャンケンを用意し寄り添うフリした仮面を被り、ニヤつきながら近付いて来る集団が私達の同級生にいる。
彼女はなんと病気が判明してから三度の勧誘を受けたというのだ。
一体どこから他人の不幸情報を仕入れるんだろうとえらく感心した。
全くもってあいつらの情報収集能力としつこさには目を見張るものがある。
MI6かはたまたCIAかFBIかよ。

彼女は鼻息荒く憤慨し

「3回目にあいつらが来た時言ってやったのよ。
ワタシの教祖はワタシだ!文句あるか!あんた達もガンになってみろ!見た事もない奴に拝む余裕も体力も無いから!お前たちの信じてるおっさんより自分を信じる方が病気も逃げるわ!帰れ!って塩撒いてやったわ!」

これは新しい。

「私の教祖はワ タ シ だ!」

2人で大爆笑した。
お腹を抱え涙流してヒーヒー笑い、ひきつけを起こしそうだった。マジで窒息するかと思った。
おばちゃん2人のやかましさで帰省中の末っ子君が
「ちょっと友達のところに行ってくるね、ごゆっくり〜」と出ていく。
それを見てまた笑った。

今でも書きながら笑ってる。
「おっさん」て…
こんなに心から笑ったのは久しぶりだった。
塩撒かれながらの勧誘活動ご苦労様っす。

そう。
最後に信じるのは「ワタシ」だったのだ。
彼女はここに辿り着くまでどれだけの時間を独りで心細く過ごしたのだろう。
きっと辛く悲しく天を仰ぎ涙を流したに違いない。
すがる藁は全て溶ける様に散っていき、人の言葉に傷付き悩み、そして病に倒れ、耐えられなくなる程の苦しい治療を乗り越え、今度は人の言葉に励まされ、再び立ち上がりそしてやっと自分を崇められるようになった。
高い高い山を血や胃液を吐き、身を削りながら登りきった人間しか言えないことなのだ。
それでも彼女は辿り着いた山の上で一休みする事なく、色んな助けを必要とする人を見逃さない。
すぐに駆けつけ助けようと努力する。
弱い者の気持ちに寄り添う事で自分を救っていたのだった。

悪くないのに謝ることしか出来ない自分。
嫌なのに嫌だと言えない自分。
他人からの目を気にして本当の自分を見失っている仮の自分。
自分を蝕むのも自分なのだ。
私は何かを何処かに忘れ物をした気分になっていた。
それを彼女が気付かせてくれた。
私もずっとずっとそうだったよ、頼られたかったし褒められたかったのよと。

彼女は帰り際に悪い顔をして言った。

自分を苦しめた人間は必ず何かあるから。因果応報とはこういうことだよ全く…それも信じること!
この先あなたには良い事しかないからね。

私は思った。
それを言って良いのは恐らく彼女だけだが、
でも私も強く信じておくね。と。

彼女には立派な息子が3人いる。
末っ子はまだ大学生だがもう自分の進む道も決まっている。
どの子もある資格を取り、自分や家族の為、人の為にとしっかり働いている。
学生時代には親にお金の苦労を一切かけずきっちり卒業し就職。
内1人は母親の病気が判明し家族で地元に戻って働くことを決め、副作用が酷い時には目を離さず寄り添ってくれているのだそう。
子育ての苦労も色々あったらしいが、そんな昔の事全て帳消しだと嬉しそうに話す彼女が、私には眩しく見えた。
まさに教祖と言っていいほどだ。
いやほんとに凄い人だ‥。


鼻水を垂らした可愛い孫ちゃんと美人なお嫁さんが玄関のドアを開け入ってきた。
「おかあーさん何してる?あ!お客さん!こんにちは〜!」と明るい声。
私は挨拶をし、孫ちゃんの真っ赤な頬を撫でさせてもらい、おいとまをする事にした。

また来週以降調子が良かったら、仕事の途中抜け出して愚痴を言いに来てもいい?

うん!いつでも聞くよ!
と彼女は外まで見送ってくれた。


私は、人懐っこいまん丸の瞳の猫を抱いた彼女に手を振りながら、車をゆっくりと出した。

きっと大丈夫。これからは何もかもが良くなる。

ワタシはワタシを信じる。か。

彼女は教祖様。(笑)









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