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ゴールデンカムイ #260 死守

 軍刀を残し、消えた鯉登。彼は房太郎からビールに引きずり込まれていたのでした。

 逃げ出そうとするアシリパの手を引く月島。アシリパは鯉登が引きずり込まれたことを告げます。アシリパを抱き抱え、鯉登を置き去りにしようとするも、ゴボゴボという音を見過ごせない月島。ビールの中で意識を失いそうな鯉登を、間一髪で月島が救うのでした。

鯉登少尉、生存確認!

 なんだかんだで、作中一番死にかけているかもしれない鯉登。思えば初登場時だって飛行船から転落しているわけで、あれもすぐに無事だと確認されなければ、生死不明になるところです。月島がいなければ死んでいた局面がまた増えました。
 このあと、アシリパよりも己を優先した月島に薩摩ことばで「馬鹿すったれ‼︎」と言ってしまう。月島相手に薩摩ことばは初めて使います。鯉登の心理的興奮度は薩摩ことばでわかる。鶴見(敬愛)、尾形(激怒)、月島(叱咤)。彼の中で何かが変わっているようです。

 アシリパは逃げだすものの、二階堂のお箸アタックもあってか捕まってしまいます。杉元が生きていたと二階堂が興奮しつつ抗議すると「あそう」で済ませる鶴見でした。

 そこへ鯉登と月島もやってきます。ここで鯉登は、テキパキと綺麗な標準語で状況を報告してしまう。そして早口薩摩ことばにならない自分自身に気づき、脂汗をかいています。そんな鯉登をじっと見つめている月島。
 アニメの感想でも指摘したのですが、テンションのちがいはあれ、鯉登と『鬼滅の刃』の冨岡義勇は“天然ドジっ子”だからさ……。鹿児島出身だから薩摩ことばになる。ゆえにともかくわかりにくいけど、そうでなくても興奮するとアウトプットが残念方面に向かうので、むっつりしているか、受け流されるか、そういうことなんでしょう。こういうふうにハキハキと言えるということは、鶴見を見ても興奮しなくなった。ときめかなくなった。さあ、どうする?
 鶴見は気づいたのか? 月島は気づいているようですが。

 鶴見としては、もう刺青人皮の暗号は解けたようです。アシリパ確保で死守、鉄壁の守りだと言い出す。アシリパを捕まえている月島と、鯉登の距離が空いてしまっているのが気になるところです。

やっぱりサッポロビールはうまい! そういう問題か?

 房太郎は、一人で脱出していました。とはいえ、あれだけ負傷してビールを泳いできたとなると、どこかで安静にしないと危険だとは思いますが。そんな優しい展開は望むべくもなく、激怒した杉元がアシリパを返せと迫る。房太郎の方がよほど死にかけているぞ!

 さて、土方たちは門倉を待っています。煙突が倒れ、工場を直撃し、門倉が危険な状態になってしまう! ところが謎の動きで布団に安置されたうえに、枕元にサッポロビール瓶が置かれる謎の展開に。
 ともかく運がない門倉は、この幸運のためにそうだったのでしょうか? こんなことをすればコラボ先の面目が保たれると思うなよ! 

 そうそう、ファンブックで陸奥国出身だと判明した門倉。予想が当たって嬉しい限りです。そんなに難しい話でもないけどさ。

ゴールデンカムイ18巻~門倉は会津藩士か仙台藩士か?ルーツを徹底考察! https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2019/06/19/126552 #武将ジャパン @bushoojapanより

会話で本心を見抜く

 サッポロビール工場編は、巻頭カラー表紙を月島と鯉登が飾っておりました。どちらか退場するのかと思っていたら、実はそうでもない……ようで、実は大きなターニングポイントになりました。
 でも、これが実にわかりにくい。特に鯉登の変化はかなり隠されていると思いました。彼はなまじボンボンでアホっぽく見えるため、読者すら騙されやすいのですが、どっこいキレは作中屈指かと思えるのです。
 初登場時、会話だけで鈴川を見抜きましたからね。鯉登は冨岡義勇と同じ、実はできる“天然ドジっ子”枠だからさ。

『鬼滅の刃』冨岡義勇との付き合い方~コミュ障で片付けず本質を見てみよう https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/10/28/151624 #武将ジャパン @bushoojapanより

 今回、月島に対して強い口調でアシリパより自分を優先したことを叱責している。お礼を言うわけでもない。掴みかかってすらいる。月島はそれに対して、呆然とした顔で「すみません」と言うしかない。

 鯉登は、樺太出港直前から危険の真っ只中にいるという認識はあったことでしょう。よりにもよって補佐にあたる人物が、いつでも自分を殺すことができる。となれば、その状況を打破するには、補佐役の殺意がないと確認しなければならない。 

 谷垣とインカラマッの一件で、月島にも人の情けはあると確認済み。次の一手は、自分に対する心情の確認。故意ではないのせよ、アシリパという鶴見の命令よりも、自分の命を助けたことで確認はできた……ようで、まだ一押し。
 ここで月島が恩着せがましいことを言うとか。計算づくで助けたとか。そういうことでなく、咄嗟に人情優先で自分を救ったと確認したい。そのために、ああいうあたりのキツい、挑発的な言葉をぶつけたのでしょう。
 ただ、鯉登が全部そこまで計算づくでしているとは思わない。彼は無意識下、咄嗟にそれができる。反射的にできる。鈴川相手にも使えたし、エノノカ通訳もそれでできた。こういう反射板話法は、BBC版『SHERLOCK』のタイトルロールがわかりやすく使っています。
 一方で鶴見は、きっちり考えて構築していくタイプ。

 年齢や生育環境というよりも、持って生まれた別の気質があるのでしょう。そんな天然ドジっ子少尉・鯉登と、心を操る支配者中尉・鶴見。月島はどちらを選ぶのでしょうか?

主人を“死守”せよ

 といっても、答えはもう出ている。
 月島と鯉登は、ペアとして成立しています。鶴見と月島はそうでもない。どういうペアかというと、士官と副官ペアです。公式ファンブックでも、お転婆お姫様と教育係の侍女と明言されております。そういうことだっ!

 これはヨーロッパの軍隊や貴族にある設定です。他の文化圏でもありますが、制度として確立されていて、わかりやすいのでイギリスで説明します。ここは『ダウントン・アビー』で。
 グランサム伯爵ロバート・クローリーには、従者ベイツがいます。この“従者”を日本ですと“執事”と訳して混同することが多いのですが、かえってわかりにくくなりますのでご注意を。執事は使用人を束ね、物品を管理する役目で、主人の寝起きまで面倒見るわけじゃないんですって。

 ロバートがボーア戦争従軍中、ベイツは副官として付き従っていました。かつてイギリス陸軍は、貴族階級が士官となりました。そういうボンボンの面倒を見る副官が必須ということです。
 『モンティ・パイソン』には“ Upper Class Twit of the Year”というコメディスケッチがありました。上流階級のボンボンという意味です。イギリス現地では、上流階級はどこか間抜けなんだよな……というイメージがありました。これは何も最近というわけでもなく、歴史がなかなか古い。イギリスは、経済的に余裕があり、教育に手間暇かけられたアッパーミドルによって、ボンボン上流階級が支えられてきたという構造がある。ボンボンを叩き上げが支えることが構図としてあると。

 こういう付き従って面倒を見るポジションは、同性同士で成立することが制度としては設定されています。男性には従者、女性には侍女がつきます。服装はエプロン付きのメイド服ではなくて、『ダウントン・アビー』のオブライエンや、終盤のアンナのようなシンプルなワンピースを着て、髪の毛をアップにしているスタイルです。
 くどいようですが、日本のフィクションで“お嬢様に執事がくっついているところ、侍女がメイド服を着ているところを見ると、なんかちがうと違和感が先立ってしまう……。
 こういう従者や侍女は、高等教育はなくとも、生まれながらに聡明な人物がなります。月島にピッタリじゃないですか!

 このあたりは本ならばロジーナ・ハリソン『ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想』。そしてなんといってもP・G・ウッドハウスのジーヴスシリーズがオススメ。軍隊ものでも定番です。私はB・コーンウェルのシャープとハーパーが好きですね。これは上官も叩き上げという構図ですが。
 映像化作品ならば『ダウントン・アビー』。そして韓国映画『お嬢さん』。原作のサラ・ウォーターズ小説『荊の城』は、ヴィクトリア朝イギリスを舞台としております。
 あ、そうか! 月島の今の状況は、この中では一番『お嬢さん』のスッキに近いかもしれない。スッキはお嬢さんを籠絡するために近づきながら、彼女に魅了されて地獄までついていく決意を固める侍女です。

 となれば綱渡りが二人を待つわけですが、宇佐美は退場したし、二階堂は杉元を追いかけるだろうし。やるならば今しかない!
 死守というサブタイトルは、鶴見がアシリパに対してそう言っているようで、月島が鯉登を“死守”するということかもしれません。

 鶴見からすれば、
「鯉登少尉は尾形の“満州鉄道”の一言で、全ての企みを見抜きました」
 と説明されたところで「嘘こけ!」となりかねない。月島が罪悪感から全て明かしたというシナリオの方が、はるかに説得力がある。もはや状況的に、月島と鯉登は一蓮托生、叛逆しかないとみたほうがよいのではないでしょうか?

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