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『おちょやん』9 葬儀で始まるパワーゲーム

 父を失い、さぞやボンも気落ちしとるやろ。そう周囲が気遣う中、そのボンこと一平はこう叫びます。
「あっけのう、このざまや!」
 人が親を思う気持ちは同じ。せやろか? 複雑な愛憎がそこにはあります。

劇場葬でパワーゲーム

 大正5年(1916年)暮、初代天海天海没、享年33――。
 喪主は長男かと思っておりましたら、劇場葬でした。上方演劇界のドン・大山鶴蔵が取り仕切っております。
 ハァ〜、なんやこの感覚は.東映実録ヤクザ映画を思い出す。冠婚葬祭って、いわば人間関係、組織の基本ではありますね。日本の葬儀で、ワイワイ集まって.酒まで飲んでちょっと楽しそうな光景を見て、海外からは「なんでやねん」となることもあるそうですが。そら伊丹十三も『お葬式』を映画にするわ。要するに、ドンはここでも睨みを効かせとるっちゅうこっちゃ。ハァ〜なんやこの朝ドラ!
 一平はここで泣くわけでもない。むしろ泣けない。セオリーを外しに来ているとは思う。だって序盤ですよ。ここであんなお父ちゃんやったけどありがとう〜とオイオイ泣かせたら、
「号泣!」
「感動した!」
 って感動SNSに流れて、それだけでニュース一本できますやん? せやないんやなぁ。手強いで。今朝も襟正さなあかん。
 
 ここで、一人の男がシルクハットをサッと取ります。須賀廻屋万太郎です。するとそこに卵がある。卵を割ると紙吹雪が出てきて、背後の二人のお供とともに、ワハハと大笑いします。
 うーん、なんちゅうこっちゃ。これぞ大正だと思う。
 羽織袴にシルクハット。こういう格好は、それこそ大正でなければない。これよりあとでも、先でもそうそうない。なんでも喜劇王で、大目標なんだそうです。故人にとっても何よりの手向けやなぁ。そうええ話のようにまとめられそうですが、今なら大炎上もんでしょう。
 劇場葬あたりで薄々感じていた違和感がくっきりとわかる。あっ、大正上方演劇界、これはあかんやつや、異世界で、なんかおっとろしいことになっとる。そう感じられる残酷さです。
 だって、万太郎はこの葬儀で鶴亀も名が売れると言うとるわけですよ。葬儀の席で、故人の跡目をめぐってパワーゲームを始める生々しさ。なんやろ、この笠原和夫映画みたいな空気は。おっさんがすごい顔して睨み合う、コロナの時代にこの密はなんやねん。これはほんまに朝ドラなん?

 セリフもいい。世の中、笑えん喜劇と笑える悲劇で回っとる。よじれるのは腹だけにしたい。そう言う。うーん、センスがいい。でもこれも当然かもしれない。伝説となるような先人が培ってきた芸能をモチーフにしておりますからね。
 朝から無茶苦茶おもろいわ。すごいわ。
 それにこの熱気が、ズバリなにわだなと。東京ほど鉄火肌でもない。京都ほど廻りくどくもない。いらちだけどストレートになりきってない。そういうよう言えん大阪の空気が滲んでて、朝からすごいことになっとります。

 そして葬儀をきっかけにして、天海一座も見えてくる。この一座も、ギスギスしとって。太閤亡き後の豊臣政権じみたもんちゅうか。幼い二代目を盛り立てるか、そんなもんかなぐり捨てて己の芸を磨くか。そういう空気が出てくる。さてここでの石田三成、それに加藤清正や福島正則は誰でしょう? 

父よ、あなたは酷かった

 一方で、千代は小林が告げた父のことを思い出しています。借金やなんやかやで、夜逃げしてもうた。せめて小林にくらい居場所を告げとけと思いますが、そうもいかへんのよ。どんな事情があったか、そこはわかりません。生まれたやや子が熱出してえらい金かかったとか。そういう悲しいことかもしれへん。
 とはいえ、そんなもん、千代からすればなーんも関係ありませんわ。うちは何のために……そう思いますわな。でもこれが大正の怖いところですが、同情を得られるか、そこは別。口減らしにされた時点でそういうもんと言われてもおかしくはないのです。勉強になるなぁ。『なつぞら』や『スカーレット』の頃ですら、人間や社会を見る目がじわじわ改善されていて、この頃よりはマシであるとわかります。

 そんな千代は、一平が石を投げようと水辺に立っているところを見つける。後を追うつもりかと言う千代。後追い自殺をにおわせる言い回しですが、ギョッとした視聴者も絶対いることでしょう。人間の命を冗談のネタにする大正の少年少女。キッツイ世界や……。
 昭和ラブコメなら、ここは慰めあって甘い展開をするところでしょうが。一平は父への反発を語り出す。道頓堀は船に客を乗せてくるありがたいもん.それに石を投げたらあかん。だからこそ投げてやる! あんな奴死んでスッキリした! そう荒れ果てています。そのうえで、千代に手伝えと言って、石を投げている。

 父が大嫌いな牛乳もしこたま飲んでやった! そう言い切っております。そうそう、大正時代はまだまだ乳製品が苦手な人も多かったもんです。
 千代はそんな一平に、天海は死を前にして息子のことに気を揉んでいたと告ます。しかし一平はあんな奴は信じないってよ。本作は中高年男性には受けていないというニュースがありましたが、当たり前やん。こんな中高年男性を殴りにくるドラマ、むしろ好きなのは反省大好きな人か、そういう好みの人か。それ以外は朝から見たないでこんなん……。
 千代はそれでも、羨ましいと言う。一平はどこがや、と返す。あいつのせいでお母ちゃんもいない。学校にも行けない.友達もできない。そう訴える一平に、気を遣ってもらえてうらやましいと千代は言うのです。
 親のいない寂しさゆえに近づく運命かもしれない。なんちゅうヘビーな話や。それにしても、テルヲは朝ドラ最低父選手権を見事にかっさらってゆきました。『スカーレット』のジョーには謝る。すまん、比較にならんほど圧倒的なカスやったわ。

幼子の涙も、商売道具

 一平がいかに父に反発しようと、彼の思いとは関係なく、一座は続きます。そうしないと困らないという思惑もある。
 父が早死に!
 健気な二代目!
 これは売れるで!
 ゲスな話やろ。せやけどそういうもんやろな。『エール』の時に古賀政治男について調べていて、古賀が育てようとした菅原都々子の話を知りまして。子どもがメソメソ悲しい声を出すのが受けるからと、わざと悲しませたとか云々。あれやで、フォアグラのために無理矢理脂っこいもん強制的に食わせる。そういうことと大差はない。現代からすれば動物でも虐待となるようなことを、百年前は人間にもしていたわけです。
 舞台は続く。ショウ・マスト・ゴー・オン。といっても、子どもの一平を気遣うわけでもない。ここで千之助が亡き座長の一人二役をこなすと言い切ります.無茶苦茶だと言われようと、それくらいやると言い切る。一人抜けても何とかなると言う.そう示さないといけないのでしょうが、それにしたって無茶苦茶です。

 一方で千代は、贔屓の客である大野屋にキセルを届けるのが遅れて、解雇やとシズに言い切られてしまいます。なんでも贔屓の役者に届けるものだったらしく、その役者は故郷に戻ってしまったとのこと。届けられない悔いは残る、消えないとシズは言う。きつい叱責のようで、芸に生きるものの心を見た気がします。
 千代は言い返すこともなく、翌朝にはきっちり着替えて、かめに挨拶をします。
「おはようさんでございます。ちょこっとの間ですけどおせわになりました」
 かめも苦い決まりの悪そうな顔。千代は口入れ屋も来ないのに、とっとと一人で出てゆきます。そこで雷が鳴り、雨が降りだす。戻る家もないのに、千代はどうするのでしょうか?

「倍返し」は関係ないやろ

 本作は数字が取れていないようです。そういうニュースも出てきました。

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2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

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