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私をくいとめて

私をくいとめて - 綿矢りさ

読了。面白かった。
レビューを読んだら終わりが呆気なかった、という感想が多かったからどんなもんかな、と思ってたけど、私的にはその呆気なさが良かった。綿矢りさの小説って比較的終わりが呆気ないものが多い気がする。どこを終わりにするかってだけで現実は呆気ないことばっかり、って改めて気づかされるのが綿矢りさの小説だなぁという感じ。

簡単に言うと、30歳すぎて独身で仕事も波風立たない感じにこなしてる「おひとりさま」が好きな女性が、自分の中にいるもう1人の自分と対話しながら変わりゆく環境と変わりたい自分と変われない自分と向き合う話。たぶん5年後に読んだらひとつひとつが響きすぎて息ができなくなりそう。今の私は、「勝手にふるえてろ」と「私をくいとめて」の真ん中にいるのかなぁとか思った。綿矢りさの小説を読むと自然と自分の価値観や人生観について考えたくなるし、これからの自分を想像したくなる。だから好き。また意識のリボン読みたくなってきたな。私をくいとめては今の私にはまだちょっと早かった、けど絶対にこれがドンピシャに刺さる時期が来るのがわかりきってる本。今の自分が好きだけど、このままでいいのかなぁって思ってる独身の女性は読んだら何かしら刺さるんじゃないかな。わかんないけど。

あと、私は本を読み始めたら大体1日で読み切っちゃうんだけど、これは結果的に3日かかった。続きが気になるわけではない。でも最後の最後に涙がツーッて出る。連休に読むにはちょうど良いかな。時間の流れが比較的ゆっくりな本なので。

刺さったワードをいくつかピックアップ。

なじみのゆっくりしたペースで進む毎日の中、長く引き伸ばした青春をいつまでもうっすら夢心地で楽しんでいたい。
最終的に完膚なきまでにマウンティングされたプッチを表情を、帰り際にちらっと盗み見たら、心の中ではどうであれ笑顔は最初の楽しそうに男いないとしゃべっていたときと変わらない明度で、心の中で"偉いぞ"と彼女をいたわった。マウンティングに負けて、人間性で勝つ。つまり、そういうことだ。
必要とされる喜びと利用される悲しみが混ざり合う「仕事」に、魂まで食われてしまいたくない。
自分が根本的に人を必要としていないことがショックだったの。人と一緒にいるのは楽しい。気の合う人だったり、好きな人ならなおさら。でも私にとっての自然体は、あくまで独りで行動している時で、なのに孤独に心はゆっくり蝕まれていって。その矛盾が情けなくて。

明日からは流浪の月を読もうと思う。暗い話らしいけどたのしみ。

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