大人?

ぽえってーと友達に指名されたので、下書きに残ってた投稿をもう一度書き直します。

仕事がバカほど疲れた。疲れすぎて上司に報告する時に笑いが止まらなくて(サイコパス)社会的に死んだ。生きたい。あと1週間で試用期間が終わる。それまでに数字をひとつでも挙げられてよかったな、って気持ち半分、面接は組めても数字にはならなかった利用者さんへの申し訳なさと不甲斐なさ半分。もう新人じゃなくなることへの不安が100。合計200です。あれ?
でも仕事は楽しい。楽しい…?楽しいね。難しいことやどうしたらいいのかわからないこと、もどかしい気持ちはたくさんあるけど、職場の人と話してると毎日めっちゃ笑ってるなー、今日も笑ったなーって思ってるから楽しいんだと思う。就業時間は長いけど。お金もないけど。人間何を大事にするかだよね。何かを選んで何かを諦める。ムズカシイネ。あと根本的に人のこと信頼してないので、楽しいけど職場の人のことまだ信じれてないしこれからも信じることなさそう…って感じはある。でも別に信じなくたって仕事する上で助け合えるならそれでいいんだよな、職場に信用できる人を作ろうとするから孤独感を感じるんだよな、とかね。もうさ、17歳の頃と心は何一つ変わらないのに年ばっか取ってて本当に怖いんだけど、こういうこと考えると大人になるってこういう、物事を俯瞰的に見る目が育ったり、良い諦めの仕方を覚えたりすることなのかなって思うようになった。寂しい時に寂しい!って泣くのが子供で、寂しい時に寂しくならないようにひとりで対処していくのが大人なのかなって。だから私はお母さんのことを時々「いい加減大人になってよ!」って思うようになったんだと思う。わたしが1番最初に信じた大人のことを、子供っぽいなって思うぐらい大人なっちゃったんだなぁ。まりを
……なんの話って感じだけど、思ったより自分は大人なのかもしれないし、自分より年が上でも幼い人はたくさんいるんだよ。小さい頃に大人として信じてた先生と飲んだら、なーんだ、この人精神年齢ずっと大学生じゃん!って思うようなことがこれからもたくさんある。哀しきかな。大人と尊敬できる人はもう肌が垂れてきている人だったり、心のないサイコパスな冷たい人だったりするよ。

でもだからこそ、子供の気持ちで欲望に素直で居られる居場所は守らなきゃいけないと思う。楽しい時にゲラゲラ笑える場所、思ったことを我慢せず言える場所、会いたい時に何も考えずに会いに行ける人、そういうのは大事にしないといつの間にか遠い場所になっちゃう。自分の手でしっかり掴んでおくこと。ゼミの友達、オタクの友達、推し。等身大の自分でいることを許される場所を、疲れや諦めで失っちゃいけないよ。大人になんて、なるな、って秋元康が言ってるよ。自分の目がキラキラしてるなーって思える居場所を大事にしよう、自分の人生のセンター取ろう!(?)

いまね、推しに逢える確率5%ぐらいの場所に往復2時間かけて来たの。結局会えなかった。でも移動時間もワクワクした、待ってる時間もドキドキした。生きてる!って思った。このパワーがあるうちは自分はどんなに敵が居ようと自分の中で無敵になれる。そういうのが大切なんだよね。これは好きという気持ちが生み出してくれる若さです。

若くいる努力をしないと若く居れなくなった。でも若くいる努力は自分が楽しい人生を送る1番簡単な努力だと思う。いつか「もう良い歳なのにまだそんなことやってるの?」って世間に言われる日が来るのが怖くてこれを手放す人もたくさんいるしそれも大人なんだと思うけど、嫌でも精神が大人になっていく中で、心が子供で居られる場所を守れるのは自分だけ。他人にどう思われようと、今の自分が楽しいと思うことを全力でやってったら、内側からキラキラしたものが溢れる大人になれるんじゃないかなぁ、てかそうであってほしいなぁと思う。90人の世間に呆れられても、10人の人生を楽しんでる人に憧れられるキラキラした大人になりたい!と思う、ボツった帰りのJRでした。

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