ゆめのはなし

ずっと前に見た長い夢を時々思い出して、その夢の中に戻りたくて泣き続けてしまう夜が、何度も来るんだよ。何の呪縛だよ。ひとつも忘れない夢なんだよ。夢ってどんどん記憶が消えていくものなのにひとっつも消えてくれやしないんだよなんなんだよ。何度も何度も思い出して何度も何度も新鮮に胸が締め付けられて泣く。そんな夢を見たの、ずっと前に。今も見る。急に思い出す。今から勢いで書くことは聞いちゃだめだし見ちゃだめだよ。見なかったことにしてね。ゆめのはなしだからね。

夢の中の私は実家でスマホをいじってる時に急にある男の子を見つけた。きっかけは覚えてないけど、あ、この子のこと好きかも。って思って、そう思ってからはもうグングン好きになった。でもそうやって好きになっていく中で、「わたしこの子の声をちゃんと知らない」ってことがすごく気がかりだった。こんなに惹かれてるのにわたしこの子の声を知らない。はっきりと覚えてない。声を思い出せないような子を好きってどうなの?って思った。だから初めてちゃんと声を聴いた時、魔法にかかったように動けなくなった。小さいお顔にきゅるっとしたまん丸のおめめでこっちを見ながら「おぉ、はるばる!」って言ってくれたその声が、たぶん初めてちゃんと聴いた声だったと思う。喋り方もふわふわふわふわしてて、口の中にミルキー詰めてんのかなってぐらい可愛いモフモフの声をしてる子だった。この子、声変わりする前どんな声だったの?可愛すぎて誘拐されないか不安になった。声を好きになった。一度「声が好き」って言ったら「え、こ、声…が好きなんだ…」って好きな声で言われて、好きって思った。今みたいにすぐ動画で声を知れる時代じゃなかったの。だから、わたしの耳で、一切の媒体を通さずに、空気だけを揺らして届くその声に、ものすごい想いを抱えてたんだよ。

コンタクトに変えたからもう顔ちゃんと見えてるよ、当たらなくても大丈夫、おれも運ないの、だからおれと同じで運がないって考えてね、そしたらお揃いだね。風邪ひかないでね、ちゃんと食べて元気になってまたおれに会いに来てね。良い夢見てね。って言って帰っていくその子が、本当にあまりにも尊くて、宝物すぎて両手なんかじゃ抱えきれなくて何度も何度も歩きながらしゃがみ込んだ。だいすきすぎて歩けなくなることが何度もあった。急に決められた理不尽なことにブチギレて、先に教えてくれたからもっとできることがあったのに、おかしいでしょそんなの、ってこっちのためにブチギレてくれて、夏まで会えないけど我慢してね、浮気しないでね。って去っていくスーツを着たその子が、堪らなく好きだった。

その時に、あなたのことが好きです、担当になってもいい?って手紙を渡してて、その返事が2週間後に届いた。「責任は頑張って取ります、夏は来てくれますか?」って1文と、もう1通には「元気になるおまじない。俺のことなでなでしてくれたよね?だから、おれは大好きって言うね、大好き」っていう、元気になるおまじない、宝物をくれた。だいすきすぎて泣いた。本当に大好きすぎて、泣いた。ワンワン泣いた。ゆめのなかで。

自分の目で見て自分の耳で聞いたその子を信じてるから、その子が、自分を愛してくれる人を愛し返してくれる人だって知った。愛をまっすぐな愛で返してくれる子だった。そしてちょっと嫉妬深い子だった。純粋でまっすぐで、自分を好きでいてくれる人のことを、好きだよ、ってしてれて、浮気されたら拗ねちゃう子だった。

夏に見た夢では、好きにさせた責任をちゃんと取ってくれた。すごく一生懸命踊ってたし、歌ってたし、みんなと仲良くやろう!みんなが大好き!ってすごく伝わってきた。あと、ああ、この子、愛を愛で返すくせに、自分のこと好きな人見つけるの下手だな、って思った。でも見つけたら、自分のテリトリーに入れる。もういいって言ってるのにずっと手を振ってくるし何度も来て何度も水かけてくるし終いには「あいつ!」ってステージの上から呼ばれた。でも幕が下りる直前に同じポーズでバイバイって口パクでしてくれて、また感情を抱えきれなくて崩れ落ちた。この子のこと、いつか好きじゃなくなったとしても、忘れられないんだろうなって思った。もはやでかい傷、一生消えない傷。

秋に見た夢。ピークでだいすきになった夢の日々だった。朝おはようで始まって、夜おやすみで終わる秋の夢。帰りたくない、さみしい!って駄々こねるその子を、帰って買ったお弁当を食べてるその子に、どうにかしてホカホカのご飯を用意してあげたいと思った。一生賢明役になりきってたし、ニコニコニコニコ踊ってた。パァって朝顔が咲くみたいに、雲から太陽が現れるように、楽しい、今ここでこの仲間たちと踊れることが楽しい!って顔でそこに居るその子が、眩しかった。どんなことをしてもその笑顔を守りたいと思った。ずっと優しかったし、楽しそうで、楽しそうだから楽しかったね。修学旅行が楽しかった話とか、ドラムの練習してる話とかしてくれて。風が強くて髪の毛とかスカートがブワってなるのをみてケラケラ笑って、ならない日には「今日はならなかったね」って言って。帰り際、おやすみって口パクで言ったら、「それされるの嬉しいから毎回やって」って言い放って帰って行った。幸せだなぁって思った。わたしも嬉しい。嬉しいをあげれて嬉しい。嬉しいを嬉しいで返してくれてありがとう。だいすきをだいすきで返してくれてありがとうって、ずっと思ってた。このまま死んでもいいと思った。わたしはこれから、あの子以上に好きな子なんてできないって確信したから。あとはもう減っていくだけなんだ、と思って絶望した。いつか手放す日が、離れていく日がくることに怖くなって絶望した。

仕事からヘトヘトで帰ってきた日、手紙が入ってた。最後に、「浮気するなよ!嫉妬するから。仕事がんばれ」って書いてあって、もう無理だと思った。無理だった。わたしの身体じゃ足りない。足りない。好きで溺れて生きていけない。好きでいっぱいになって息の仕方がわかんなかった。そんな夢を見た。

次の年からは、どんどん夢から醒めていった。あの子が、たくさんの人に注目されるようになって、今までまっすぐにしか受け止めてきていなかった愛に、愛じゃない鋭利なナイフが混ざってると知った辺りから。自分を守るように、こっち側を信じてくれなくなった。ヤケになって、突き放すようなことを言ってる姿を見てた。誰か守ってあげてほしいと思ったけど、待ってくれなくて、自分が強くなるしかなかったんだろうね。強くなったよ。本当に強くなったし、大人になるっていうのは、残酷だと思った。傷つかないように信じないとか、期待しないとか、そういうので心の真ん中を自分の中に隠しちゃったのを見てた。ブランド物で自分を固めて、何から自分を守ってるの?バカにしたように人を見て、傷つかないようにしてる?そんなことしなくたって良かったのに。素直すぎてそれを隠すこともできないのが、不器用で好きだったけど、見てられなかった。守ってあげられなくてごめんね、って思いながら、わたしはあの子の真っ直ぐな心に守られてたんだって知ったんだよ。守りたかったのはあの子の心と同じぐらい、それに惚れてたわたしの心。あの子が大人になって、わたしも長い夢から醒めた。最後に聴いたあの子の肉声は「天国ってどんなとこなんだろうね、そもそも俺天国行けんのかな。もうさ、死ぬのとか怖くないんだよ」だった。

今でもよく夢を見る。3ヶ月に1回は、すごく現実的な夢を見る。だから全部夢だったんだと思う。区別が付かない。どの夢でも、あの子はステージに居て、なぜか降りて迎えにきてくれるか、ちょいちょいって呼ばれる。
少し前はステージから客席に降りてきて、なぜかわたしの前で止まってわたしの指をパクって食べるフリをされた。そのまま真顔で見られたから、その子の指を食べるフリをし返したら、ニヤァって悪い顔して帰って行った。
こないだは、体育館のステージの上から地声で「もったいなくない?」って言われた。え?なに?と思って、ステージの近くまで行ったら、こちらを見ずにツーンと前を向きながら不満そうに「(俺のファン辞めるの)もったいなくない?お互いにとって、もったいないと思わない?」って説かれて、びっくりしすぎて何も言えずにボーッとしてた。起きたら泣いていた。うん。もったいないよ。もったいないって思ってる。わたしは、顔も声も手の温度も骨格も何もかも、何もかも、大事すぎて忘れられないんだよ。

ずっと忘れられない。夢を忘れられなくて、つらい。素行が悪いとか、納得できないとか、虚しいとか、色々あるけど、全部夢を見続けられたら飲み込めたはずなの。でも途中で現実になって、そこからずっとつらくて、大事なもんまで大事にできなくなった。ずっと後悔してる。でもわたしにはどうしようもできなかったから、こうなる運命だったんだよ。これが終わり。これが結末。わたしはずっと、あの子を忘れられない、これからもずっと。今でもだいすきなんだよ。

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