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FOOL という名のBAR

第一章 SOLDIER

#創作大賞2023 #恋愛小説部門

「ふざけた街だぜ、この街はよ。俺が何したって言うんだ?」
 俺はいきなり人相の悪い連中に取り囲まれた。夜の繁華街と言ってもまだ早い時間帯だ。筋者が出て来るには早過ぎる。
「それとも俺のJET LAGが見せるイリュージョンかよ」
 俺の取って置きのジョークに何の反応も示さない。最近のインテリやくざではないってことだ。
「JET LAGってのは時差ボケという意味だよ、わかるか?」
 全く反応無し。無教養な連中だ。
「この街のルールにそぐわないことを嗅ぎ回っているからだよ」
「俺が聞いているのはマラエ・ランガという店のピアニストを知らないかってことだけだぜ。なのに何故、お前等のような筋者が現れるってんだよ」
ふざけた街だった。
 昨夜、適当に入ったスナックで「マラエ・ランガ」ってバーを知らないかと聞いて回っただけだった。それだけで人相の悪い連中に取り囲まれた。
「マラエ・ランガに何の用だ?」
「ちょっと、やぼ用でよ。どいてくんな」
 俺は少し斜に構えて気取って見せた。
 三人の筋者が一斉に身構えた。
「なんなの!お前等!やる気ならやってやるけど、俺、強いよ。殺しちゃうよ!」
 二人は大した奴ではない。しかし、正面の兄貴面した奴は手強そうだった。
 兄貴面が顎をしゃくった。二人がナイフを構え襲い掛かって来る。
 電光石火の早業っていうのはこういうことを言うのだろう。俺は二人のナイフを掻い潜り、あっと言う間にナイフを叩き落した。
 腕を押さえて蹲るチンピラの動きを目の隅にとらえながら、俺はショルダーに吊ったナイフケースからサバイバル・ナイフを取り出した。
 兄貴面の男も匕首を構えた。そして間髪をいれずにいきなり突っ込んで来た。俺はジョークのひとつも飛ばせず、かわすのが精一杯だった。
「へへ、やるー」
「お前もな、素人じゃないな、お前、何者だ」
「へへっ俺かい?俺は飛騨洋平、飛んでる傭兵って覚えてくれよ」
「ふざけた小僧が。俺は陣野組若頭、元木だ」
 次の一撃で決まる。ぴりぴりした感覚。戦場を思い出す。こんな平和ボケした日本で俺が本気にならなくてならない状況がくるとは思ってもいなかった。
「待てよ、元木。話を聞いてからでも遅くはないだろう」
 俺の背後に音もなく人が現れた。俺の背中に冷や汗が流れた。全く気配を感じなかった。この俺がだ。後ろの男は只者ではない。
「若いの、そんなに緊張するなよ、ただの爺さ。元木もやめとけ、相打ち覚悟でやる
なら別だがな」
 元木と呼ばれた男が匕首を下げた。
 俺はまだナイフを下げずに壁際に背中を向けた。
 ひょこひょこと爺さんが歩いて来る。
「わしは純爺じゃ。飛騨って言ったか、ナイフをしまえよ。話もできんて」
「そうだな・・・」
 俺は静かにナイフを下げた。これから話し合い?ドラマじゃないんだ。俺は間髪を入れずにダッシュした。純爺がひょいと体をかわした横を擦り抜けて俺は逃げた。こんなところで殺し合いをして警察に追われるのは馬鹿らしい。しかし、食えない爺さんだった。並みの爺さんではない。俺のタックルを予測していた。元木ってやくざも一癖のある奴だった。
「面白すぎるぜ、この街は」
 俺は顔に太い笑みを浮かべて夜の繁華街を疾走した。JET LAGな頭では危険な街だ。

 今夜はマラエ・ランガを探すことはやめて一度ホテルに戻ることにした。俺は人波に紛れて街を流れた。その方が安全だと考えた。
 この地方都市は十数年前に回りの四市が合併して政令都市となるために開発が一気に進んだ街だった。街の中心の駅には新幹線も停まり、成田への直行バスも出ている。駅前にはタワービルと呼ばれるビルが建ち、上層階は高級マンション、中層階にはホテルや企業が入り、下層階は専門店が入った複合ビルだ。その中のホテルに部屋を取ってある。もちろん高級だ。金ならある。俺は海外で傭兵だった。ただひたすら戦った。強くなるために、二度と友達を失くさないために。金など使う暇も作らなかった。
 タワービルに向かうメイン・ストリートの中で一つの看板に目が止まった。「七尾探偵社」俺は指を鳴らした。
「俺って冴えているかもしれないな」
 実際の七尾探偵社は、メイン・ストリートに面しているわけではなく、一本路地を入った場所にあった。看板だけ表通りに出してあっただけだった。どんな街にもある、ここだけ時間が止まっているかのような、取り残されたレトロな路地裏だった。
 俺は薄汚れた三階建てのビルの三階にある探偵社の窓にまだ灯りがあるのを確認した。
 エレベーターはなかった。階段を上り三階に上がった。七尾探偵社は二部屋を借りているようだ。
 階段から手前が「七尾探偵社待合室」と書かれていた。レイモンド・チャンドラーの小説に登場する孤高の探偵フィリップ・マーロウの事務所がそんな作りだったはずだ。俺は奥の事務所の方のインターフォンを押した。
「隣の部屋でお待ち下さい」
 可憐な女の声が答えた。
俺は待合室に入った。ソファーとテーブルが置いてあるだけの部屋だった。
少しすると缶コーヒーを持って女が入って来た。
「どうぞ」
 女は無造作に缶コーヒーをテーブルに置いて俺の正面に座った。皮ジャンに皮のズボンを履いていた。たまらなく可愛い顔と服装がアンバランスでそれがかえってこの女をチャーミングにしていた。普通、カップにコーヒーを入れて来るだろうと思ったが俺は歓迎されてないのかも知れない。この待合室には堂々と監視カメラが設置されてある。
「所長はもう少ししたら来ます。本当はすぐにでも来られるのだけど、もったいつけているのよ。安く見られないようにね」
女は舌を出して笑った。
 俺も思わず笑い返してしまった。こういう女を相手にすると調子が狂う。
女が言った通り、適度に待たせて男が入って来た。スリーピースにベレー帽、手にはパイプが握られていた。シャーロック・ホームズですと言い出しかねない男だ。
「お待たせしました。私が所長の七尾です」
 名刺を差し出した。菩薩のような微笑を顔に浮かべていて、声も細く、頭脳派探偵と言ったところだ。
「そして、彼女は私の助手で」
「コード・ネーム“エンジェル”です」
 女がでしゃばって名乗った。
 ふざけた探偵社だ。コード・ネームとマジ顔で言ってのけた。俺は帰ろうか迷いだした。
「まあ、こんな二人ですが仕事はきっちりやらせて頂きます。ご安心を」
 七尾は帰らすまいと身を乗り出してきた。エンジェルは横で大きく頷いている。
 俺は仕方なく話しだけはしてみる気になった。
「マラエ・ランガってバーを探している」
 俺は七尾の反応を見た。全く表情は動かない。
「そこに、十数年前、黒木と言うピアニストくずれの女が流れて来たはずでね。最終的にはその女に逢いたい」
 七尾は表情を全く変えずに俺の目を見ていた。
 横でエンジェルがメモを取っている振りをしていた。手は動いているがノートの上を交差しているだけだ。エンジェルは興味津津とした目で俺を見ていた。
「わかりました。やらせて頂きます。必要書類を作成願いますか」
「ちょっと待ってくれ、期限は三日だ。それ以上掛かるならこの仕事は依頼しないぜ」
 俺はこのふざけた探偵コンビがどうも信用出来なかった。無駄金は払いたくない。
「問題ありません。お金も後払いでいいですよ。それならいいでしょう?」
 この男は他人の腹の中が見えるのか。何もかも達観しているという自身に満ちた顔をする男だ。
「あんまり信用したくないが、後払いでいいなら頼むぜ」
「失礼ね、ボスはともかく、このエンジェルを捕まえて」
「まあまあ、いいではないですか。人間、素直が一番です」
 いきなりだった。七尾はベレー帽を脱いだ。綺麗に剃られた坊主頭が出てきた。
「いやあ、私はですね。昔、坊主だったのですよ。でもね、忍耐力がなくて坊主を首になってしまいました。人間、思うままに生きるのが大切ですよ」
 七尾は坊主頭を撫でながら菩薩の様な微笑を浮かべていた。エンジェルは笑いをこらえていた。
「あっそうそう、身分を証明するものはお持ちですか?」
 俺はやむを得ずパスポートを出した。エンジェルがひったくるように掴んで、コピーを頂きますと言って待合室を飛び出した。
「ふざけた街だぜ、ここはよ」
「虚構の街・・・と私は呼んでいます。いい響きだと思いませんか?」
「いいねえ」
 俺も不敵な笑みを返してやった。

※     ※      ※

 翌朝、俺は街の探索に乗り出した。昨夜のようにやくざに絡まれてもいいように武器は身につけた。日本で拳銃まで持ち歩くわけにはいかない。俺はこの十年、海外で外人部隊に入って戦争をやってきた。平和ボケした日本では武器はサバイバル・ナイフだけで十分だろう。
 行く当てがなく、俺は昨夜の探偵の事務所に顔を出したくなった。どこか憎めないエンジェルの笑顔が頭に浮かんだ。
 事務所のあるビルが見えてきたところで男に呼び止められた。よれよれのコートを着た目付きの悪い男だった。
「岸村って者だ」
 警察手帳を突き出した。
「職務質問させてもらおうか」
「俺のどこが不審人物なんだよ、刑事さん」
「叩けば埃が出るって面しているじゃないか、若いの!」
 俺は肩を竦めてみせた。
 半分、無理矢理に車に乗せられた。岸村は少し車を走らせると俺のドアの方を塀際に寄せた。自分がいいと言うまで車から出さないってことだ。
「昨夜、八時頃、陣野組ともめただろう。何があった?」
「特に何も被害は受けてない。警察に用はないな」
「陣野組を甘く見るなよ、この街の裏社会を牛耳っているのが陣野組だ。陣野に目をつけられてはこの街じゃ肩で風切っては歩けないぜ」
「ほう、刑事にそこまで言わせるってのは、陣野って奴は本物だな」
「お前、何をやっている?純爺まで引っ張り出してよ?」
「昨夜のおかしな爺さんのことか?何者だ?あの爺さん」
「自称、殺し屋だよ。元だけどな」
 俺は納得した。俺に気配を悟られず近づいた純爺だ。殺し屋と言われても全く違和感がなかった。
 そしてそこまで話を知っている岸村はこの街の裏社会と繋がっているということになる。
「本当にふざけた街だぜ、ここはよ。バーを探すだけでやくざと殺し屋に襲われ、悪徳刑事には絡まれてよ。仕事を依頼した探偵は元坊主で、その助手はコード・ネームがエンジェルとくるしよ」
「ほう、七尾にも接触したのか、お前」
「お前、お前言わないで欲しいなあ。俺は、飛騨洋平って言う者だ。飛んでる傭兵さ。傭兵だってちゃんとした職業なんだからな。真っ当に扱えよ、刑事さん」
「ふん、たった一日でこの街の愚か者の筆頭達三組と接触していればなあ、まともと呼ばれないのだよ、ここじゃ」
 岸村はエンジンをかけた。もう、俺には興味を無くしたのだろうか。
「七尾探偵社でいいのかい?送り先は?取り敢えず、龍舞会の残党ではなさそうだからな。飛んでる傭兵さん」
 龍舞会、俺の体に緊張が走った。しかし、それを表に出すほど俺は素人ではない。
 友を殺した男がいた暴力団。今は陣野組に壊滅させられていた。
「ついたぜ、マラエ・ランガは時期に見つかるさ。お前が妙な真似をしない限りな」
「マラエ・ランガってなんなんだ?」
「欲望という海に沈んだ幻の楽園だってよ。太平洋だか大西洋だかにあったそうだぜ」
 岸村は俺を路上に降ろすと高笑いしながら走り去った。
 朝の路地はひっそりとしていた。俺は探偵社に向かいながら路地を物色していた。
“やぶ医者”という看板が上がっていた。小さな二階建てのビルだ。やはり、ふざけた街だ。
こんな病院に誰が行くというのだ。二階は“古本5648”意味不明な名前だ。
 その隣のビルには、思わず噴出したくなる名前があった。
“正義の味方 沢村正義弁護士事務所”とはどんな奴がやっているのか見るだけでも価値がありそうだった。そして地下には “FOOLという名のBAR ”とあった。愚か者が集まりそうな店だ。
 そしてその前にあるのが七尾探偵社があるビルだった。三階に向かって階段に足をかけた。
「臭うな、お前。傭兵だってな」
 後ろから声がかかった。白衣を羽織っただけのいかにも柄が悪そうな男が立っていた。その男は俺の足から頭まで舐めまわした。
「何?いきなりなんだ、おっさん?なんで俺を知っているんだ、ふざけた街だぜ」
「おっさんじゃない!俺は藪ってもんだ。これでも外科医だ。言っておくがな、俺は人間の医者でお前等のための獣医じゃないんだぞ!」
 俺が言い返そうとすると、対面のビルの階段を駆け降りて来る男がいた。
「きな臭い男とは君か!」
 渋い茶系のスーツを着ている男だった。
「ふざけるなよ、あんたら。俺、強いよ。殺しちゃうよ!」
「わしが相手じゃ、若造!昨夜は逃げおってからに」
 俺は藪の背後の二階に顔を向けた。
「純爺!だと?」
 なるほど、古本5648、こ、ろ、し、や、という語呂合わせか。
「いい加減にしろよ、俺はバーを探しているだけだ。行方知れずのピアニストを探しているだけだ」
「今、七尾がお前のことを調べている。安全と分かるまで少し待て」
 正義の弁護士が腕組をして俺を見下ろしていた。
「俺を調べているだと?あのくそ坊主が!俺の仕事はやらずに?お前ら皆、グルか!」
 そして、次に現れたのがエンジェルだった。
「ボスの調査が終わったようです。今晩、十時に戻るってことで取り敢えず解散。飛んでる、傭兵さん。あなたにも後で連絡するから」
「よし、解散だ」
 あっと言う間に誰もいなくなった。
「ハード・ボイルド的な展開よね?ソルジャー?」
「ソルジャー?って俺のことかい?」
「期待を裏切るような真似はしないでよね、ソルジャー、だって傭兵なのでしょう?だからソルジャーってわけよ。私、ワクワクしているのだから。あっボスから伝言、マラエ・ランガは、今は名前を変えているそうよ。さあ、他の愚か者達にも連絡するから、後で逢いましょうね、ソルジャー」
 俺はソルジャーと呼ばれて少し喜んでしまった。俺にぴったりのネーミングだ。

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