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最近読んだアレやコレ(2021.07.14)

 今月頭は引っ越しでどたばたしていたのですが、ようやく日常生活の「型」も構築され、肩の力が抜けてまいりました。圧縮されていた最寄り道や自室の視覚情報も無事展開され、土地に神経繊維が根づいた心地がします。これは私だけかもしれませんが、初めて訪れた土地の風景ってなぜか時間的・空間的に小さく感じるんですよね。道が狭く、時間が早く見える。実際に生活してゆく中でそれらが解凍され、徐々に平常な尺度になってゆく。私の突然の移動に慌てた上の人が、とりあえず仮のステージデータをあてがい、寝ている間に差し替えているのだと思うんですけどどうでしょう。あと引っ越し祝いで知人からピエトロの絶望スパゲティをもらったんですけど、ありえないくらい美味しくてビビりました。この値段でこの味はちょっとおかしい。そして調べたら、ありえないほど美味しくてビビったという同一情報がたくさん出てきました。二番煎じの驚愕と感動。鯵の切り身を課金するとよりおいしいよ。

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遠巷説百物語/京極夏彦

 御譚調掛(おんはなししらべがかり)宇夫方祥五郎の使命は、民の暮らぶりに耳をすませること。しかし、ここ遠野の地では集めた咄(はなし)に、時折、怪しげな街談巷説が入り混じる――。妖怪という現象の骨組みと肉付きを構造解析にかけ、とことんシステマチックに組み直すその技たるや、相変わらずの職人芸。その熟練した手つきと血肉の通った理の怜悧さは、もはや小説家というよりも技術屋めいていて……当然、その仕事に間違いがあるはずもなく、今回もまた6匹の妖怪がきっちり我々読者の手元まで製造・出荷されてくれました。憑き物を解体してゆく百鬼夜行シリーズと対になる、憑き物を制作するシリーズがこの『巷説』なわけですが、本作はその制作過程を4つの工程に分割し、さらに逆回しに放送するという極めてトリッキーな構成をとっています。たくらみごとが制作され、実装され、稼働し、やがて伝承として機能する、その逆再生。しかし、その奇抜な試みに身構えながらも読み進めた先にあるものは、「あっ! それってつまり◌◌◌◌じゃん!」という鮮烈なアハ体験であり、極めて明快な娯楽小説としての楽しみです。既存の型枠を自分のフィールドに取り込み、魔改造することにかけてはやはり京極作品は天下一だと思います。抜群によかった。


語り屋カタリの推理講戯/円居挽

 5W1Hの謎を奪い合うその推理ゲームにおいては、参加者同士の殺し合いすらも解き明かすべき謎とみなされる。年若くしてゲームの参加を決意した少女ノゾムは、謎の青年カタリの推理指南をガイドに、過酷な知恵比べに身を投じてゆくことになる……。いわゆる「デスゲームもの」でありながら、ゲームの背景・目的・設定などはほぼほぼ語られることはなく、その焦点がゲーム自体に向けられることはありません。ゲームはあくまでも体系的に解決しうる人工の謎……『推理小説』の召喚のための足がかりであり、このお話の中心は、その空想の中で交わされる、青年と少女の講義です。しかし現実に適用しえないその机上の謎解きメソッドは、どこまでも空虚であり、講義と呼べるものではありません……「講戯」とあるタイトルの通りに。いつでもなく、どこでもなく、誰でもなく、理由もない、架空と現実の狭間で擬似論理をふりまわし戯れるだけのゲームの果てに「何が」あるのか。小説の形をとった、ミステリというジャンルに対するラブレターであり、自己紹介のような作品でした。もし続編があるなら、今度は「講戯」の先にあるもの……カタリのレクチャーを現実に降ろした「講義」を読んでみたいですね。


リバーサイド・チルドレン/梓崎優

 ゴミを売りさばき、観光客から金をスり盗る。カンボジアの路上に暮らす少年ミサキの日常は、ストリート・チルドレンの仲間たちを狙う連続殺人によって打ち破られた。提示される謎は「なぜ犯人は死体を装飾したのか?」という極めてオーソドックスなものなのですが、被害者がストリート・チルドレンであるという1点が、その問いかけをおぞましき猛毒に変えています。つまり、殺されても誰も気にしない、警察官ですらもが遊び半分に撃ち殺す浮浪児の死を隠ぺいをする意味などどこにもないということ。これは力を持たない少年がまっすぐに現実と向き合う典型的な成長譚でありながら……その推理(ロジック)の出発点、立ちあがるための前提として「自分たちは殺されても誰にも顧みられない」という残酷すぎる事実を飲まねばならない地獄の推理小説です。自己を成り立たせるために、自己を成り立たせない世界を認めざるをえないという矛盾。それをただの子供が強いられる無慈悲。ゴミの異臭、軽蔑と嫌悪に満ちた隣人たちの湿度は一切の容赦なくREALに立ち上り、全てがストリート・チルドレンたちの死を解き明かす手がかりとして、人として扱われない彼らだけが発し得た『叫びと祈り』として、目を逸らしたくなるほど理知的に組み上げられてゆきます。気軽に薦めることが躊躇われる重さを持った作品ですが、傑作でした。


なめらかな世界と、その敵/伴名練

 父親からもらった本。軽い気持ちで読み始めたら、オールタイムベスト級のド傑作が顔面にぶち当たりひっくりかえる破目になりました。SFとしても小説としても、その構成する要素全てが凄まじい強度で磨き抜かれており、その上相互に完璧なバランスがとれている。どの切り口を覗いてもそこに美しい絵が完成している真球の金太郎飴のような短編集であり……そして、結末の1点においてのみ、確固たる意思と共に「完全」を歪ませる力みが加えられている。そしてその力み、余韻や野暮を投げ捨てて答えに食らいつく狂いの様が、本作を唯一無二の傑作に仕上げています。綺羅星のごとく輝く収録作に到底甲乙はつけられないのですが、やはりアルバムの締めである「ひかりよりも速く、ゆるやかに」の衝撃と感動は、今思い返してもじわりと効いています。SF的奇想に基づく、どうしようもなく自由で全てが思い通りになる5編の宇宙。それがこの最後の6編目においてのみ、物語を語ること/語らざるにいられないことという私たちの等身大の現実をもって展開される。そしてその宇宙から、「わたし」が不自由な「選択」を選び取るのは何故か……選び取らせてしまう「あなた」は誰なのか……というのが、この小説であり、青春であり、SFでした。本当に素晴らしかった。素晴らしすぎて久しぶりに単感想記事も書いてしまった。『少女禁区』も読まなきゃ……。


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