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最近読んだアレやコレ(2022.11.05)

 ジャンププラスで追っている漫画は、『ハイパーインフレーション』『チェンソーマン』『マリッジトキシン』『正反対な君と僕』と読み切りなのですが、この前始まった『放課後ひみつクラブ』が大変おもしろく、ここしばらくの楽しみになっています。すっとぼけながらも少し毒のある会話劇、作品カラーに対して最適解を常に出してくる固有名詞のネーミングセンス、大胆に描かれるキャラクターのポージング、ぼんやり眺めているだけでも楽しくなる強度の高い画面など、表層の魅力は多く語れど根っこの部分から放たれる奇妙な魔力に対して、芯を食った感想行為をするのがとても難しい作品であり……なので、比喩という安きに流れるのですけども……なんというか、万華鏡の内臓を裏返しているような漫画です。読んでいる時にスマホ画面の明るさ設定をうっかり上げすぎてしまったんじゃないかと錯覚を覚える。


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人間じゃない〈完全版〉/綾辻行人

 推理小説作家・綾辻行人の短編集。収録作のジャンルは推理小説、幻想小説、ホラー小説と多岐に渡り、由来となるシリーズも「館」から〈フリークス〉まで幅広くとられた1冊となっています。しかし、そのバラエティの豊かさが外に向けた広がりを見せているのかと言えば決してそうではなく、むしろバラバラなそれらを重ね合わせることで、内向きに、より狭く、脳髄ただ1室分めがけて縮小してゆく印象を受けました。数を増やすほどに狭まってゆくアンバランスな危うさは、悪魔的と呼ぶには大げさにしてもどこか奇妙な読み心地を生んでおり、唾液が湧いてしまうもの。閉鎖的で執拗で淫猥で、内向的。全てのカラーは「密室」に、さらに言うならばより装飾づいた「館」のイメージに無意識レベルで結びついており、決して推理小説縛りではない本アルバムに強烈な推理小説性を付加しています。「推理小説を書くためだけにあるような資質が、推理小説を書いている」という完全性にはやはり畏れを覚えますし、ゆえに、その資質を用いて「推理小説を書かなかった」本作は、そのずれが生む心地よい不安に彩られていると思います。収録1作目「赤いマント」だけが混じりっけのない推理小説であり、ずれを測る基準点として機能するのにも編集の妙を感じました。おもしろかった。


少女禁区/伴名練

 2編収録。同作者の『なめらか世界と、その敵』を読んだ時の衝撃は未だに忘れられません。それは美しく磨き上げられた真球を鑑賞するような体験でした。本作は、「きみとぼく」とは似て非なる「わたしとあなた」のおはなしであるという共通点を持ちながらも、後に続くそのアルバムとはまた違った仕上がりを見せているように思います。力むに任せ、酔いに任せ、何よりロマンチックを暴走させるままに荒く荒く書かれた2編は、いずれもがごつごつとした泥団子に似て、その衒いの無さに少し気恥ずかしくなってしまうほど。千本の針となって肉を突き崩し神経を苛む有象無象の視線から、わたしとあなただけを切り離すために用いられるコミュニケーションの手段について。それはネガティブな感情であったり、肉体的な痛苦であったりと、あからさまに脂と塩が濃く、センセーショナルな悪い刺激に満ちています。混沌を意思と思考の閃光で切り裂いた『なめらか世界と、その敵』と比べ、『少女禁区』を理不尽をよりうわ回る感情と呪詛で叩きのめしている。世界をボッコボコに殴りつけ顔面ぐちゃぐちゃにぶっつぶした後に、笑ってしまう程むきだしな「わたしとあなた」が立っている。中でも標題作のオチのあまりのかっこつけなさ、恥も外聞もない脱ぎっぷりは愛おしさほど覚えるほどです。ここまでやるかと、爆笑してしまった。


まほり(上巻)/高田大介

 民俗学ミステリ。『いたるところに二重丸が貼られた町がある』……飲み会で知った都市伝説に興味を覚えた大学生・裕は、夏季休暇を利用してフィールドワークを開始する。それは彼自身のルーツを追う旅でもあった。あらすじだけならば、短編作品としてもおかしくなさそうな内容でありながら、本作は文庫版600Pをがっちり費やす大長編となっています。その厚みの正体は『二重丸の謎』を調べるパートとして描かれる、資料探索、文献精査、フィールドワーク、インタビューなどの、学術的な手続きの数、数、数……。逆に言うならば、本作の核となる架空の因習は、その手続きをぶつけても作り物であることが露呈しないよう、一種異様な執拗さをもって徹底的に作り込まれているものです。『図書館の魔女』においてファンタジー世界丸ごと1つを完成させていた創作力(ぢから)を、現実の土地1つに集中させた代物が本作であり、そこから誕生したREALの深みたるや、読むものをあっというまに本の中に引きずり込んでしまいます。文系学問は修めていないため、その作り込みがどこまで正確なのかはわからないのですが、少なくとも私は見事騙され、読み進める内に引き返せなくなりました。具体的には徹夜で読んでしまいました。牛歩の歩みなれど、その歩速を押し返す空気の感触は、あまりにも贅沢に五感を刺激するものでした。


まほり(下巻)/高田大介

 民俗学ミステリ。明らかになってゆく二重丸の意味と、浮かび上がる「まほり」の単語。自らのルーツを追い求める大学生・裕と、監禁された少女の秘密を探る小学生・淳。2人の「調査」が交錯し、事態は急転直下を告げる……。高田大介がまたボーイミーツガールしてる!とちょっと笑ってしまったのですが、夏休みだし仕方がない。上巻に引き続き細かく描写されてゆく「調査」はやはり圧巻で、その細かさこそが本作をホラーではなくミステリと名乗らせており、さらに言うならば、そのミステリという囲いすら脱させているようにも思います。「理解」すらもバイアスと捉える慎重さをもってなされる謎の解体は、机上論理・探偵遊戯の不謹慎さは持たされず、仕方のない必然性により囲いの外の現実に溶けてゆきます。とはいえ、本作がミステリとして傑作であることも確かです。タイトルに冠され、帯でも仰々しく煽られ、それでもなお、明かされた『まほり』という単語の意味に衝撃を受けてしまったのですから脱帽するほかありません。「来るぞ」と予告されたパンチを、真正面から顔面にブチ当てられてしまった。秘密が明かされる直前に「もしかして、これって……」となり、決定的な1行を読んで「あああああ~!!」となり、追ってその意味に「ひえ~」と戦慄する心地よさ。ミステリというジャンルにおける原初の刺激に脳を揺らされた、とても幸福な読書でもありました。おもしろかった。


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