見出し画像

Spiritual Stateな主人公になりきって〈11月毎日投稿〉

2010年に急逝した日本人トラックメイカーNujabes。世界的に人気の音楽ジャンル「Lo-fi Hiphop」が生まれる土壌を築いたとも言われ、国内外に大きな影響を与えました。

ボーダーレスに音楽的な要素を取り入れ、軽快で洗練された都会的な雰囲気と、牧歌的で懐かしいメロディー。私が持っている言葉でとらえようとすると、その外側へ、またその外側へ、するすると、音楽の世界がどこまでも広がっていく。

そんなNujabesの作品の中から1曲選べというのはなかなか難しいです。でも今日はある話をしてみたくて、Nujabes最後のアルバムの1曲目「Spiritual State(feat. Uyama Hiroto)」を紹介することにしました。

この曲に限らず、私はアルバムを1つの物語として、アルバムの1曲目をその物語の主人公として捉えているところがあるようです。

主人公とは「その物語の中心人物」のこと。主人公は正義の味方でなくてもいいし、一番の人気者とも限らない。「ダークヒーロー」という言葉があるように、悪者が主人公の作品は数多くあります。マンガやアニメの作品ごとにキャラクターの人気投票をする企画で、主人公以外のキャラクターが1位になることもあります。

じゃあ主人公ってなんだろう。そんなことを考えて私が今思っているのは「読者と物語を最も強く繋ぐのが主人公」ということ。私の脳みそだけでは、そこで思考が停止しています。

例えば高校のバスケットボール部を舞台にした漫画『SLAM DUNK』。主人公は桜木花道ですが、それに引けを取らない存在感や魅力を持ったキャラクターが次々に登場し、物語は進んでいきます。

それでも桜木花道が主人公として揺るがない存在感を発揮しているのは、ストーリーを読者と一番近い目線で見ているから、ではないかと思います。

この「目線」というのは、本当に純粋に「目線」であって、価値観とか性格とか、人間性がどうこうとかそういう話ではないです。「桜木こそ少年漫画の王道だ!」みたいな意見もあると思いますし、私もその意見には割と賛成なのですが、今日はちょっと論点がズレるのでちょっと置いておかせてください。

桜木花道は高校からバスケットボールを始めたバスケ初心者。実力者に囲まれながら、中学時代にケンカで鍛えた運動神経とガッツで、めきめき成長していきます。

「目線」というのはつまり、ストーリー中に読者が知らないバスケのルールが出てきたら、桜木に「なにそれ?」と言わせると、他のバスケ部員が説明してくれる。知らない人物が出てきたら桜木に「お前誰?」的なことを言わせると、自己紹介か他己紹介をしてくれる。

他のキャラクター目線で展開する場面もあるけれど、基本的なストーリーは「バスケ初心者」としてこの物語に入ってきた桜木花道の目線で描かれます。だからバスケットボールに詳しくない読者でも、心理的ハードルを感じずに物語に入り込むことができるわけです。

もう1つ例を挙げさせてもらうと、ハリーポッターシリーズも主人公の目線が「初心者目線」になっている作品です。「マグル(魔法使いではない人のこと)」に育てられ、自分が魔法使いだと知らずに生きてきた主人公、ハリー・ポッター。

魔法使いの世界に足を踏み入れた彼の眼には、見るものすべてが不思議で、新鮮なものとして映ります。杖を一振りするだけで物を移動できることも、チョコレートのカエルが逃げ出してしまうことも、新聞の紙面に載った人の写真が動いたりしゃべったりすることも。

それは読者も同じ。ハリー・ポッターは、魔法使いの世界の「中の人」でありながら、魔法使いの世界の「外から来た人」であり、読者と魔法使いの世界を繋げる役割を果たしています。

「主人公をどう設定したら読者と一番近い目線にできるのか」「読者と近い目線を持った主人公をどう動かし、変化させていくか」というのは、物語と読者の結びつきを左右する、重要な要素なんだろうと思います。

音楽の話に戻りますが、私はアルバムの1曲目を、そのアルバムの主人公として聴いている節があります。1曲目で人柄や容姿、仕草などの視覚情報を思い浮かべ、その主人公と一緒に、もしくはなりきって、1枚のアルバムを旅しに行くような感じ。

Nujabesのアルバムの中でいえば、私はこの主人公が一番好きです。いつも穏やかで、温かい笑顔を絶やさず、周りに人が集まってくる彼。生成り色のネルシャツとこげ茶のスラックスを着て、切りそろえた黒髪と丸メガネがよく似合う。1人窓辺でコーヒーを啜るときにだけ、孤独で寂しそうな顔をする。

物語と呼ぶにはあまりに言語化されていない、脈絡のない世界かもしれない。ネルシャツの彼は、アルバムを聴く私の頭の中で、軽快に街を歩いたり、珍しく誰かとケンカをしたり、公園で踊ったり、夕方の土手でたそがれたり、慣れない街のバーでウイスキーをロックで飲んで、酔いつぶれて閉店時間に追い出されたり、地下鉄を帰り道と反対方向に乗ってみたりしています。


コンビニでクエン酸の飲み物を買って飲みます