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待合室で飴玉を

「アメ、食べる?」
か細い声が、白い待合室にしんと吸い込まれていった。
沈黙に耐えかねた私が、隣に座る君に差し出した一粒の包み。
君はゆっくりと手を伸ばしてきてそれを受けとり、パッケージの絵柄を確認して、それから包みを破いた。

私は君よりずっと猫背がひどくなっていて、
背は君より伸びたはずなのに、見下ろされる格好になっている。
それが滑稽で、より一層私の口を重くさせていた。

12年ぶりに会った君は、始めこそ制服のスカートをはためかせ、はしゃいでいたものの、
言葉を交わす度、どんどん難しそうな顔になっていった。
君からの問いかけに、私がもごもごと、うまく答えられないでいるので、
それはそれは失望させていることだろう。
年上としては面目ない。

30分に1本の列車が来て、発車ベルが鳴って、そして出発していった。
君は相変わらず難しい顔で、口の中でころころ飴をころがしている。
「ママ、心配してるかなあ」
「あー、いや、大丈夫です」
「ごめんね、怒られちゃうよね」
すると君は、急に私の方に体を向けて、
「ね!!もうほんとに!!いい加減にしてほしいよね!!ママの過保護!いつまで続くの!?」
膝に置いた学生バッグをバシバシ叩きながら、叫んだ。澄んだ瞳は私の目を捉えていた。

急なことでびっくりしたが、その後すぐ、腹の底からおかしみが込み上げてきた。
彼女の母、つまりは私の母でもあるのだが、高校生になっても、成人しても、「どこ行くの?誰と?何時に帰るの?」に答えないと許してくれない。

「悪いけど、それは今でもよ。きっとこれからも。あと、あなたはちゃんともっとママに話した方がいい。私もだけど……。」
「だって、話すとぜったい文句言われるし、怒られるし、本当に嫌!」
「わっかるわあ~~。でも、ママはすごい人だよ。あんな人、世界に他にいないよ。」
「え~?そうかなあ?そうなのかなあ。でも、あなたがそういうなら、信じてみる。」

それから次の電車が来るまでの間、愚痴のような、専門書のコラムのような、他愛もない話をし続けた。
世のイヤホンからワイヤーがなくなることや、部活もクラスも違ったKちゃんと親友であること、
うっかり口を滑らせないようにするのは至難の業だった。

それでも君に言いたいことが山ほどあった。
この狭い宇宙で、君が深呼吸出来るように、私にはやらなきゃいけないことがある。

だから、こうして君に会いに来た。



この記事はフィクションです。


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