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一文小説集「許す」等五篇

「許す」  彼の家に彼の浮気相手が落としていく髪の毛は、私が飼っている虫の餌になるから、彼の浮気を許している。 「トンボ」  頭頂部のアンテナの先にトンボがとまっていたせいで、お坊さんは死んだ人の声を受信できなかった。 「あんよ」  夜道に、油性ペンで「あんよ」と書かれた人形の腕が落ちている。 「影」  夕方、地面に伸びる自身の影を見つめながら、地球の夕日は正直ね、と異星人の友人がつぶやく。 「たて」  墓参りに行ったら、墓地の隅にある墓石に「死にたて」の紙

    • 一文小説集「泉」等五篇

      「泉」  オフィス街のビルとビルの間に、サラリーマンの涙で満たされた泉を見つけた。 「川」  眠れない夜、女のことばかり考えてしまうので、脳味噌を取り出して、家の前の川で冷やす。 「給仕」  扇風機たちの婚活パーティーで風鈴を給仕する。 「缶ビール」  泥棒しに入った家の冷蔵庫に「泥棒へ」と書かれた缶ビールが冷えていた。 「ペン」  蝶に生まれ変わったが、やっぱり私は詩を書きたいので、ペンを持ち上げようとするが、重すぎる。

      • 頭韻詩「ソネット・し」

        心配性の詩人が 詩集の死臭に悩んでいる しんとした部屋には 試供品の香水が匂う 舌に残る酒の味 白い歯磨き粉を 絞り出した後のチューブ 縮尺が合わないままの人生 締め切りがあった生活も昔の話 しみじみと夕日を見ることもなくなった 心療内科に行くのは来週の水曜日 食洗機は壊れたままだ 醤油は切らしたままだ 四十肩は治らないままだ

        • 一文小説集「見たくない」等五篇

          「見たくない」  今日は豚の霊を見たくないので、定食屋で豚カツを食う時、お経が書かれた方の瓶のソースをかけた。 「点滅」  空気清浄機の注意ランプが点滅しているので、ため息を控える。 「墨」  墨の匂いがだんだん薄くなってきて、この嘘の夜空が明けるのが近いことを知る。 「着替え」  夜中の墓地で服を着替えていた女が、突然、目の前の墓石にビンタした。 「貧乏ゆすり」  火葬場の煙突のてっぺんに座って貧乏ゆすりをしている人がいて、小さな黒い物がひらひらと落ちてく

        一文小説集「許す」等五篇

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        • 頭韻詩まとめ
          12本
        • 私の文体練習まとめ
          10本

        記事

          一文小説集「黴」等五篇

          「黴」  亡き母の顔にそっくりな黴が生えた食パンに向かって、パン職人の父が「浮気者」と怒鳴っている。 「雨音」  雨音の効果音が入ったテープを一日中流し続けている隣人にうるさいと文句を言おうと、アパートのドアを開けた瞬間、外で雨が降っていることに気づく。 「蝶」  ビルの屋上の端に置かれた「遺書」と書かれた封筒の中から這い出てきた黒い蝶が、落ちた彼とは反対の方へ飛び立った。 「カラス」  カラスは天使の死骸には手をつけず、ただ背中の白い羽根を一本くちばしで抜き取

          一文小説集「黴」等五篇

          一文小説集「契約」等五篇

          「契約」  契約書にハンコを捺した瞬間、約束の雨が静かに降り出し、私は傘屋の男の子へ会いに行く準備を始める。 「奥歯」  私の口の中のある一本の奥歯は、肉を食うたび削れて、徐々に仏像の形になっていってる。 「背中」  母の葬儀の最中、ずっと泣いていた姉が急に泣き止んだかと思ったら、喪服の背中が裂けて、大きな蝶の翅が現れた。 「喫煙所」  家庭にも職場にも居場所のない男が、町はずれの喫煙所で、周りの喫煙者にぺこぺこ頭を下げながら、金魚を食っている。 「のれん」

          一文小説集「契約」等五篇

          一文小説集「熱」等七篇

          「熱」  人工の太陽の完成記念式典の生中継を映していたテレビが、内部から溶け始める。 「紙吹雪」  紙吹雪にまみれた最後の太陽が、照れくさそうに地平線に沈んでいく。 「点滅」  電車で、目の前の席に座ってうとうとしているおじさんのおでこの「要交換」ランプが点滅している。 「マウス」  好きなアイドルと同じ名前をつけたマウスを、俺の研究生活最後の実験に使う。 「電波塔」  電波塔の不具合で、蝉が鳴かなかったため、本日は寂しい夏の日となりました。 「キャットフ

          一文小説集「熱」等七篇

          一文小説集「川」等五篇

          「川」  歩いている夜道に、笹舟の自販機が増えてきて、川が近いことがわかる。 「図工」  死なない子どもたちが、学校の図工の時間に自分たちの棺桶を作っている。 「売れない」  その画商の男は、ずっと売れない女性の肖像画のモデルが、幼い頃に生き別れた自身の妹であることを知らない。 「運」  運が悪かったね、と女はつぶやいて、元夫の生まれ変わりであるミニトマトを口に放り込んだ。 「かわいい」  火葬場で焼き上がった母の台車を取り出した瞬間、「かわいい~!」と声が

          一文小説集「川」等五篇

          頭韻詩「ソネット・さ」

          さんざん飲んだが 参加しなければよかったと思った 三々五々の後一人で さみしい道を帰る時 燦々と降り注ぐ威光 賛否両論の武勇伝 山椒は小粒でも…… 刺身のツマを見つめてやり過ごした ささくれを剥きながら公園で独り酒 サッカーの時間にヒーローになり 算数の時間に恥をかいた思い出が蘇る 最終電車が去っていく音がする 財布は空だ さらばだみんな

          頭韻詩「ソネット・さ」

          一文小説集「株価」等三篇

          「株価」  人工の蛍を製造している会社の株価を見て、今年も夏を実感する。 「塀」  買い物に行く途中、通りかかった刑務所の塀の中から、誰かが「カレー食いてー!」と叫ぶ声が聞こえたので、今日の夕飯はカレーにする。 「宿題」  小学校で「命」についての作文の宿題を出された少年が、下校途中に公園に寄り、蟻を一匹一匹潰している。

          一文小説集「株価」等三篇

          一文小説集「長靴」等三篇

          「長靴」  軒下に干した長靴の先から、娘の涙が滴っている。 「雲」  見上げた青空に、雲かと思ったら修正液で、何を消したのだろう。 「副作用」  副作用の欄に「嘘をつく」と書かれた風邪薬を飲んで、恋人の家に向かう。

          一文小説集「長靴」等三篇

          一文小説集「巨鳥」等三篇

          「巨鳥」  その巨鳥の巣は飛行機雲が集まって出来ている。 「痙攣」  鏡で自分の顔を見るとき、必ず私のまぶたは痙攣する。 「ぬいぐるみ」  道を歩いていたらぬいぐるみを踏みそうになり、思わずよけると、後ろから「踏んでよ」と言われ、振り返ると裸足の少女が立っている。

          一文小説集「巨鳥」等三篇

          頭韻詩「ソネット・こ」

          小娘はほっと息をつく ココアが温かいからだ こごえるような風が 公園を吹き抜ける 子どもらの声が こだまするここで こじれていく初恋を このまま終わらせてしまいたい 校舎の隅で交わった視線 黒板を消している時の背中 校庭を駆ける毛深い脚 好むと好まざるとに関わらず 心はこっそり変形させられていく コッペパンよりも柔らかい物

          頭韻詩「ソネット・こ」

          一文小説集「傘」等三篇

          「傘」  玄関わきに月光除けの傘が立てかけられているアパートの一室から、ある夜、一人の女が出てくる。 「泥団子」  墓地で一人、墓石を相手におままごとをしている少女が、墓石に泥団子を塗りたくっている。 「機械」  死んで天国に行ったら、入口の番号札の機械が壊れていた。

          一文小説集「傘」等三篇

          頭韻詩「ソネット・け」

          健康でいるためには 堅実でいなければならない 賢明な判断と 懸命に働くこと 絢爛な街の灯 喧噪の中から笑い声 建設中のマンションを見上げる 健全そうな家族 欠点ばかりが男を満たしている 蹴っていた小石を見失った けっ、何だよ馬鹿野郎 警察官が空を見ている 煙を吐く火葬場が遠くに見える 消しゴムのカスみたいな雲が浮いてる

          頭韻詩「ソネット・け」

          一文小説集「良いこと」等三篇

          「良いこと」  良いことをしたくなった青年が、父親が造っている偽札を一枚盗み、コンビニの募金箱に入れた。 「変化」  数年前、自身の母親の遺影を持って美容整形外科を訪れた女性が、今度は娘の遺影を持って再び訪れた。 「サイレン」  毎日救急車のサイレンの音を口真似しながら町内を走り回っていたおじさんが、ある日救急車で運ばれていった。

          一文小説集「良いこと」等三篇