もらった言葉で辞めることを止めた
私は現在38歳
29歳の時に、父母が経営していた今の会社に入るため、
大学卒業から勤めていた会社を辞めた。
しかしながら、実はその5年前、
全く別の理由でその会社を辞めようとしたことがある。
我々の生活を支えている物流、
その根幹を成している船をサポートすることで
世の中に貢献している、
その思いはあれど、体と心が付いて来ず、
辞めることを人知れず決意した。
有休を使って転職活動を行い、
内定も頂き、上司に辞意を伝えた。
慰留して頂いても、
「もう限界です」と。
親にも連絡したところ、
退職を留まるよう強く止められたが、
「これ以上は無理だ」しか言えなかった。
当時、プライベートもゴタゴタで、
仕事も時間に追われに追われていた。
どんどんヤケクソになり、
自分の事なんて誰も理解してくれないと思い込んでいた。
退職の意思を上司に伝えて数日後、
社長がどうしても話をしたいと仰っている、
それまでは待ってくれと人事部長に言われた。
そんな矢先、
お客様を車にお乗せして、
1時間程の場所にお連れすることがあった。
そのお客様は既に一線は退かれている方だが、
そのご経験と見地からアドバイザーのようなことをなさっていた。
このお客様の引退後、
月に一度程度、この方をお乗せして一時間運転する。
いつしかそれが、自分の担当になっていた。
★
運転しながら、
「実はこの会社を辞めようと考えている」
それをこのお客様に言うべきかどうすべきか悩んでいた時、
ぼそっと聞かれた
4回目ですとお話しすると、
愛知県で工場を経営しています、長男です、
そうお伝えすると、少し考えながら、
そう、言って下さった。
★
この方が現役の際は、月に一度お仕事をさせて頂き、
何事もなければご挨拶して辞去する。
不手際があれば、報告して挽回計画をお伝えして頭を下げる。
接点はそれくらいだった。
退かれてからも、月に一度一時間ほど、
お話のお相手をしながら運転する。
接点はそれくらい。
私の何をご覧頂いて、
『優しすぎる。でもいい経営者になる』
そう評して頂いたかはわからない。
でも、この頂いた一言で考えが変わった。
上司も部長も社長も、私の翻意を喜んで下さった。
相変わらず船の時間に自分の時間を左右される日々だったが、
特に気にならなくなっていた。
★
未だに、あの時の私をご覧頂いて、
どこでそう評して頂けていたかは分からない。
ただ、あの頃はとにかく必死だった。
与えられた仕事をこなすにも必死
その中で、お客様に対して今何が出来るのか
それを必死に考えて、頭を下げた。
きっと、小利口になるよりも、
そちらの方を好ましく見て下さったのだろう。
★
結局最後までそのお客様に、
会社を辞めるつもりだったことは言っていない。
ご自身の一言が、
隣にいた私が会社を辞めるのを止めた事はご存じないだろう。
もっと言えば、人生を変えた一言になった事も。
誰かの何気ない一言が、
誰かのその後の人生を大きく変える。
そんな、変えて頂いた側の経験のお話し。
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