岩本剛

こっそりやってます

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最近の記事

蛙鳴蝉噪

 田んぼに棲むカエルが騒音と感じて生活に支障が出ているという苦情が、ある自治体に寄せられたという。    このことについて、カエルはどう思っているのだろう、と思い、私はカエルが出版している本をいくつか読み漁ってみた。 「人の鳴き声は年々進化、もしくは変化している。最近増発しているのは、小さい声にもかかわらず大きな意味合いを含んだ鳴き声をする種たちだ。これらの誕生は節制を欠ける場が、現実的な空間だけでなく、より遠くに広げられるようになったのが主な要因と考えられる。我々のアタマ

    • レターパックで現金送れは全て詐欺なのか?

       私は、小さな頃からずっと考えていました。  レターパックで現金送れは全て「詐欺」なのでしょうか。  私は、先日友人からレターパックで現金を送れと指示しました。しかしこれは詐欺ではありません。単純な友情です。間違いありません。悪意もなく、騙す気もありません。  相手との合意も取れています。相手も、私がレターパックで現金を送れと支持をすれば、その通り、レターパックに現金を入れ、それをポストに投函するでしょう。  相手はとても信用できます。レターパックで現金送れは全て詐欺で

      • 空で死ぬ鳥

         私の頭上で一羽の赤い鳥が飛んでいる。  名前は「グラスゴー」と言う。    ――――毎朝、私の家の前を穏やかに飛ぶ赤い鳥がいる。これは野良の鳥ではない。非常に優秀で、私が世界で最も賢いと思う鳥だ。  鳥の名前はグラスゴー。図鑑で調べたところ、ショウジョウコウカンチョウという種類の鳥らしいが、中型犬と同じぐらいの大きさをしている、少し太った鳥だ。  この鳥を飼っているのは、私の住む家の前で、電信柱を毎朝かじっているローレンスおばさんだ。ローレンスおばさんは三年前に認知症

        • 幸福を編む

           人生の事象は糸状にして表現が出来ると思いついたとき、既にその人の手は強く震えていて、もはや収集の取れない所まで混乱しきっていた。    手を強くこすっても、長さ、太さ、色合いも不均等な糸くずが、何本も、何十本もまとわりついてくる。  糸くずを一本、指でつまめばその指先にそれが付く。また剝がそうと反対の手の指でつまむも今度はそっちに糸くずが付く。永遠にそれを繰り返していくうちにまた新しい糸が指に絡まる。  水に浸しても、糸の色はにじみ出てくるのに肝心の糸そのものは流れてい

          カラスの喧嘩

           犬の喧嘩は、すこぶる面白いのは有名だが、カラスの喧嘩というのは更に面白い。犬は忠義に五月蝿い動物だが、カラスはこれに賢さが加わる。しかも、狡猾な側面が強く、一度喧嘩が始まれば、丸一日決着がつかない。犬は勝負の命運が言葉でわからなければ噛みついて判断するが、カラスはそんな野蛮な真似はしない。言葉に大きな強みを感じていて、これに責任を与えている。    私は、ある夏の午後、多摩川河川敷野球場のバックネット裏に隠れながら夕暮れを楽しんでいた。少年たちは帰り、学校は身支度を済ませ、

          カラスの喧嘩

          スケッチブックの行方

           カロンという、パリで花屋を営んでいる若い女性から、私は一枚の手紙をもらった。内容は、最近買ったスケッチブックが、無くなってしまったから探してほしい、というものだった。しかしスケッチブック程度、君が探せばいいだろうと、私は返事をした。  すると、手紙はすぐに返ってきた。どうやら、そのスケッチブックは、とても特別で、持ち主の言うことをすこぶる聞かないというのだ。どこがどう、持ち主に対して不忠実なのかというと、例えば、赤を塗ったのに、白のキャンバスに青を写したり、線を真っすぐ引

          スケッチブックの行方

          曼珠沙華

           私の借りる部屋のあるアパートの前の通りで、自転車と軽トラックがぶつかり、自転車に乗っていた若い男性が亡くなるという事故があったそうだ。  バイトを長期休みし、実家に帰っている間にそのような事があったので心底驚いた。けれども、私の隣の部屋に住む若い大学生は、帰ってきて戸惑う私に、事故の事実を淡々と説明してきたので、彼が無関係の人間の死を何とも思っていないように見えさらに驚愕した。  とはいえ、自分も思いのほか家の前で死亡事故があった事実に対し気味悪がり続けることはなかった

          曼珠沙華

          月面の設え

           地上では、「月にはたくさんのウサギがいる」と言われているが、実際に行ってみると、宙を横切る大量の赤いカニが住んでいる。まるで天の川銀河のように流れるカニの群れを見て、僕は生命の行く先に関心を寄せながらも、集合する生物群を気味悪く見ていた。  仕事場は、その月のカニの群れを抜けた先にある。  大概、月の表面はクレーターだとか、ゴツゴツした岩だとかがたくさんあるが、そこは真っ新で、凹凸がほとんどない場所だ。しかも、すり潰したダイヤのように輝く、白銀の灰砂のたまり場があちこち

          月面の設え

          体温計の怪(後編)

          ――――  年老いた祖母の冷たい手は、紫色に変色していて、足の爪なんかも変色して折れ曲がっていた。  小さい頃から腰を曲げて、しわしわの顔で私が来るたびに「よく来たね」と笑ってくれた人が、今は点滴に繋がれて、いつか終わる命のお迎えを、病床で待ち続けている。その景色があまりにも辛くて、中学生の私は、お見舞いから帰る車の中でひたすら涙を流した。  人が死ぬということは分かっている。  しかし突然のガン宣告から、祖母の容態が急変していったせいか、死に対する受容の精神が作り切れ

          体温計の怪(後編)

          体温計の怪(前編)

           東北の親元を離れ、都内に女一人で暮らし始めてから、半年近くが経った。  体に溜まる悪い病の熱は私の胃の中に住む虫を殺し、いよいよ気の高まりが頂に達したようだった。喉に水分を通せども、胃に本当に通っているのか、全て皮膚に直結しているのか、これらが汗になって出て行ってしまい、体のうるおいは欠くばかりであった。 食欲は死んで、卵とカツオダシを混ぜたお粥だけが、唯一喉を通った。  この地獄の熱気に苦しんでいるからこそ、私は何事も問題のなかった自分の過去の生活を振り返ることが出来

          体温計の怪(前編)