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【書評】戦いの中にある者が考えてきたこと(羽生善治,岡田武史『勝負哲学』サンマーク出版,2011年)

目次
はじめに
ひたすら勝負の世界で考え抜いてきた二人
ロジックは助走
直感によるオートフォーカス
決断とリスク
まとめ

はじめに

「戦いの中にある者、そしてそれを見る者をも、魅了してやまない勝負の世界。」--サンマーク出版編集部(p.1)

 我々の大半が見る者である勝負の世界、その中で戦い続けて高みを極めた両名による「勝負」についての対談をまとめた本。外からでは決してわからない、戦う者にのみ通じる勝負の世界へと、編集部の熱い導入がいざなってくれる。
 サッカーをはじめとしたスポーツのデータ分析が盛り上がる昨今だが、実際に勝負と向き合ってきた彼らにとってデータはどのようなものか、そしてその限界はどこか。二人の膨大な思考と経験から重要な示唆が得られる。

ひたすら勝負の世界で考え抜いてきた二人
 岡田武史さんにはどうしても後ろに「監督」と付けたくなるが、それはもう8年も前の話で、現在はFC今治運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」代表取締役として奔走する日々を送っている。彼の最大の功績といえばW杯日本代表を2回指揮し、2010年南ア大会では初の自国開催以外での決勝トーナメント進出を果たしたことだ。いわば日本で最も勝てる監督の一人なわけだが、同時に最も勝負に勝つことを考えてきた一人ともいえるわけで、『勝負哲学』の名にふさわしい人物だろう。
 一方将棋棋士の羽生善治さんだが、つい先日27年ぶりの無冠となり平成の終わりを感じさせる(広瀬八段、初の竜王獲得おめでとうございます)。とはいえ獲得タイトルは99、史上初の「永世七冠」を達成など日本を代表する勝負師であることに異論はない。『人間の未来 AIの未来』で人間の知性を語っているように、日本で最も思考してきた一人でもあるだろう。

ロジックは助走
 この本に通底するのが「論理と直感の関係」をどう捉えるかだ。一般に論理はきっちり、時にはギチギチして時間のかかるもの、片や直感はふんわりと一瞬で目の前に現れるものとイメージされる。前者はピラミッド、後者は電球がよく表現として使われるのもそのためだ。しかし二人によればそうではなく、相互に支え合うものとしてイメージされている。

岡田「答えを模索しながら思考やイメージをどんどん突き詰めて行くうちにロジックが絞り込まれ、理屈がとんがってくる。ひらめきはその果てにふっと姿を見せるものなんです。だから、その正体は意外なくらい構築的なもので、蓄積の中から生み出されてくるという感触がある。助走があって初めて高く跳べるようにね。」(p.22)

 これは文字通り必死になって考え抜いてきた岡田監督だからこそ出てくる言葉だ。自分の蓄積から出てきたものだからその直感に自信をもてるし、後から言葉で説明ができる。大学院生の私の直感なんて自分でも信じきれないし、言葉でも説明できない。まさに単なる思いつきでしかなく、つまりは思考不足以外の何物でもない。にしても「助走」とは素晴らしい比喩だ。積極的に使っていきたい。

直感によるオートフォーカス

羽生「直感によるオートフォーカス機能を信用して、直感が選ばなかった他の大半の手はその場で捨ててしまうんです。[…略…]もちろんここでいう直感はヤマカンとは異なります。もっと経験的なもので、監督がおっしゃるように、とても構築的なものです。数多くの選択肢の中から適当に選んでいるのではなく、いままでに経験したいろいろなことや積み上げてきたさまざまなものが選択するときのものさしになっています。」(pp.22-23)

 こちらも綺麗な比喩だ。フィルターと表現してもよいだろう。この機能の精度もやはりそれまでの思考の蓄積に大きく依存するし、信頼度合いも同様だ。たとえ外から見えたとしても、決して運否天賦ではないのだ。
 直感は引き算の性格をもつことがわかる。岡田さん自身も「監督のもっとも重要な仕事はその『決断』なんですよ(p.87)」と触れているが、そもそも考える出口には決断がある。決断は選択肢を削って一つまで絞ることだが、勝負の世界ではそれを「迅速に」行う必要があり、それゆえ直感でオートに省く。そしてその精度を高めるのが論理や経験の蓄積なのだ。

決断とリスク
 決断にはリスクがつきもので、むしろリスクのないものは決断とはいえない。私自身、リスクを過度に捉えてしまうタイプなのだが、二人もリスクには慎重である印象を受けた。だからこそ二人ともリスクに対する恐怖感をコントロールする術を身につけており、そこが私との大きな差だと感じる。リスクが大きいからビクビクするのではなく、どう考えればビクビクしなくなるのかを深く考えている。その例の一つが羽生さんの考えなので参考までに。

羽生「結果的にうまくいったか、いかなかったかではなく、そのリスクをとったことに自分自身が納得しているか、していないかをものさしにするようにしているんです。」(p.91)

 興味深いのは二人ともリスクに対して無謀に向き合っているわけではないことだ。羽生さんも岡田さんも普段はリスク分散しているそうだ。たとえば羽生さんは新しい戦法を一局だけでなく、20~30局に分けて試してみたり、岡田さんは前半終了間際にあえて戦術変更することで傷を浅くする試みをしている。とはいえ時にはギャンブルに近い決断に迫られることもあり、だからこそリスクテイクを自身の納得度合いで評価して、リスクの大きさに押し潰されないようにすることが必要なのだろう。

まとめ
 日常の思いつきと、勝負と向き合い続けてプレッシャーの中で思考し続けた上での直感とは大きく異なる。言われればわかるが、前者しか見えてないと後者が想像つきにくい。膨大な論理や経験を積み上げ、さらには幾度も決断をした先にしか見えない景色だと感じた。逆にいえば、直感は決して才能ではなく、努力を積み上げた先にあるもので、その意味で諦める必要はない。
 最後に、戦いを見る者は勝負の世界の装飾でしかないのか。本書では戦いの中にある者の思考、彼らにしか見えない景色が書かれている。しかし同様に戦いを見る者にしか見えない景色もある。そしてそれが実は勝負に関係するのではないか、といった想いが募ってきた。まだこの直感に自信はない。まずは助走から始めようか。

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