2-5 『クール・ミリオン』
ナサニエル・ウエスト『クール・ミリオン』Cool Milion 1934
ナサニエル・ウエスト Nathanael West(1903-40)
ウエストはこの時期に短い活動を残したユダヤ系作家。ユダヤ系アメリカ文学が主流小説の舞台に大量に登場してくるのはもっと後のことだから、ウエストは孤立した先駆者といった項目に分類されている。
『クール・ミリオン』はグロテスクで滑稽な巡礼物語だ。田舎町に住むレムエル・ピトキンという名の善意のユダヤ青年の受難を描く。彼はアメリカ・ファシスト運動に出会い、利用され尽くすことになる。初めは片目をなくし、歯をなくし、次には片脚を切断され、ついには頭皮を剥がれる。つぎはぎのフランケンシュタインみたいになった姿で、彼は政治運動のシンボルに使われる。
果てには、不自由になった身体をさらして演説する最中に射殺されてしまう。死後、彼は、「民衆」の政治的大義に殉じた殉教者に祭り上げられるわけだ。
小説中のファシストは叫ぶ。暗殺、万歳。アメリカの若者たち、万歳、と。
アメリカという風土にもファシスト運動は力を持った。ウエストの諷刺はとりわけ深遠とはいえないにしても、貴重な証言として残されるだろう。
ウエストの名前はハメットの伝記の交友録にも見つけられる。『影なき男』が執筆されたホテルの持ち主がウエストだった。後に彼は、フィッツジェラルドの『ラスト・タイクーン』40(H)と並ぶハリウッド小説の傑作『いなごの日』39(角川文庫)を書く。そしてウエストは、ほかならぬフィッツジェラルドの葬儀に向かう道で自動車事故を起こし、その短い生涯を終えたのだった。
他に
『孤独な娘』丸谷才一訳 ダヴィッド社 1955
集英社世界文学全集18 1966.8
岩波文庫 2013.5
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