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野崎六助『アメリカを読むミステリ100冊』をまるごと記事にしていくサイト。 もともとは…

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野崎六助『アメリカを読むミステリ100冊』をまるごと記事にしていくサイト。 もともとは『北米探偵小説論21』の広報ページのつもりだったのが、 ページをつくりかけたまま3年間、忘れていた。 これではいけない。

最近の記事

2-6 オーガスト・ダーレス『ソーラー・ポンズの事件簿』

    • 2-6 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い右手』

      ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い右手』The Red Right Hand 1945 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ Joel Townsley Rogers(1896-1984)  ロジャーズに関するデータはじつのところ貧弱だ。ここに『赤い右手』を並べるのは、カー派についての新解釈を記すためではない。関連としてはごく薄い。『赤い右手』は、これのみで記憶される一作という特別の位置づけにふさわしい傑作でもない。人騒がせな作品、というのが最も妥当な評価だろう。  ま

      • 2-6 クレイトン・ロースン『棺のない死体』

        クレイトン・ロースン『棺のない死体』No Coffin for Corpse 1942 クレイトン・ロースン Clayton Rawson(1906-71)  カー教徒のもう一人はロースン。作品の支持率からいっても、高名さからいっても、こちらが第一の弟子だ。  奇術師マーリニを探偵役とする長編は四作で打ち止めになった。「この世の外から」「天外消失」などの短編も名高い。最後の長編『棺のない死体』を一読すれば、あとがつづかなかった理由も納得できる。装飾過多を通り越して、不可能ト

        • 2-6 死体置場行きロケット打ち上げ

          H・H・ホームズ『死体置場〈モルグ〉行きロケット』Rocket to the Morgue 1942 アントニイ・バウチャー(H・H・ホームズ)Anthony Boucher(1911-1968)  もう一つの有力な一派をあげるなら、筆頭にくるのは、あくなき精力で不可能トリックを追い求めたディクスン・カーの信者たちだろう。まず実在の猟奇殺人犯からペンネームを借りたH・H・ホームズ。彼は尼僧を探偵役にした密室もので師カーを追った。カルト教団での密室殺人をあつかった『密室の魔術

        2-6 オーガスト・ダーレス『ソーラー・ポンズの事件簿』

          2-5 ジョナサン・ラティマー『処刑六日前』

          ジョナサン・ラティマー『処刑六日前』Headed for a Hearse 1935 ジョナサン・ラティマー Jonathan Latimer(1906-83)  ラティマーの名前をつづけて並べるのはいくらか不適切だろうが、ハードボイルド派の諸相をながめる観点から注記しておく。  『処刑六日前』は、タイトル通り、一週間というリミットを定めて死刑囚が無実を証明する話だ。タイム・リミットを設定してサスペンスを高めるという方式は、有名な『幻の女』に先んじている。  技法的な面だけで

          2-5 ジョナサン・ラティマー『処刑六日前』

          2-5 『クール・ミリオン』

          ナサニエル・ウエスト『クール・ミリオン』Cool Milion 1934 ナサニエル・ウエスト Nathanael West(1903-40)  ウエストはこの時期に短い活動を残したユダヤ系作家。ユダヤ系アメリカ文学が主流小説の舞台に大量に登場してくるのはもっと後のことだから、ウエストは孤立した先駆者といった項目に分類されている。  『クール・ミリオン』はグロテスクで滑稽な巡礼物語だ。田舎町に住むレムエル・ピトキンという名の善意のユダヤ青年の受難を描く。彼はアメリカ・ファシス

          2-5 『クール・ミリオン』

          2-5 ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』

          ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』They Shoot Horses, Don't They? 1935 ホレス・マッコイ Horace McCoy(1897-1955)  『彼らは廃馬を撃つ』は、比べてずっと感傷的なストーリーだ。  マラソン・ダンスという不況時代のハリウッドを映すコンテスト。賞金と観客のなかにいるプロデューサーにスカウトされることを目当てに、ひたすらパートナーとダンスをつづける競技だ。海岸に仮設された即製のダンス・ホール。そこで出会った男と女の苦い交感の

          2-5 ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』

          2-5 三〇年代実存小説の諸相その他 ジェイムズ・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

          ジェイムズ・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』The Postman Always Rings Twice  1934 ジェームズ・M・ケイン James M Cain(1892-1977)  ポーの最初の受容先がフランスだったように、不況期のある種のアメリカ小説作法は、本国以上にフランスで受け入れられることになった。ケインはその一人だ。ハードボイルド派に分類されるが、チャンドラー型の都市小説の産出者ではない。  『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は、非常に影響力をおびたタイト

          2-5 三〇年代実存小説の諸相その他 ジェイムズ・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

          2-4 レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』

          レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』 Farewell, My Lovely 1940 レイモンド・チャンドラー Raymond Chandler (1888-1959)  幻の女が群集のヴェールをとおして現われて消えるという物語は、チャンドラーのケースでは、もう少し通俗的なドラマを借りて展開される。男は八年の刑務所暮らしを終えてもどってくる。女は消えている。場末の歌手という過去の女の痕跡はどこにもない。大鹿マロイとヴェルマの物語は、男の側からみれば一つの純愛ドラマだ

          2-4 レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』

          2-4 マルチチュードの女たち ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』

          ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』 Phantom Lady 1942 ウィリアム・アイリッシュ William Irish(1903-68)  コーネル・ウールリッチ Cornell Woolrich  ポーの「群集の人」について、ワルター・ベンヤミンは「ミステリの骨組みだけが投げ出され、犯罪という肉体が欠けている」とコメントした。以来、数知れないミステリ作家たちが、「群集の人」に肉体を付与することになった。たとえばアイリッシュ。たとえばチャンドラー。  『幻の女』は薄暮の

          2-4 マルチチュードの女たち ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』

          2-3 アーヴィング・ストーン『クラレンス・ダロウは弁護する』

          アーヴィング・ストーン『アメリカは有罪だ -アメリカの暗黒と格闘した弁護士ダロウの生涯』 Clarence Darrow For the Defense 1941 アーヴィング・ストーン Irving Stone(1903-89)  ペリイ・メイスン人気を側面から証明するような伝記が一冊ある。実在した正義の弁護士を描いて興味深い。ストーンが著した伝記は数多く、その対象も、ジャック・ロンドン、ゴッホ、リンカーン夫人、ミケランジェロ、フロイトと、時代もジャンルも多岐にわたっている

          2-3 アーヴィング・ストーン『クラレンス・ダロウは弁護する』

          2-3 レックス・スタウト『料理長が多すぎる』

          レックス・スタウト『料理長が多すぎる』Too Many Cooks 1938 レックス・スタウト Rex Stout(1886-1975)  ガードナーと同時期に同年代で出立して、別種のアメリカ式名探偵を創造したのがスタウトだ。  ガードナーのアベレージには及ばないものの、長短合わせて四十冊を超えるネロ・ウルフのシリーズは、旺盛な筆力と高い人気のたまものだ。  数ある名探偵のうちでも、ウルフは無類だ。探偵能力によってよりもむしろ装飾的キャラクター要素によって記憶される。美食、

          2-3 レックス・スタウト『料理長が多すぎる』

          2‐3 アメリカ的小説工房の名探偵二人 アール・スタンリー・ガードナー『ビロードの爪』

          アール・スタンリー・ガードナー『ビロードの爪』The Case of the Velvet Claws 1932 E・S・ガードナー Erle Stanley Gardner(1889-1970)  別名 A・A・フェア A.A. Fair など   ハメットの肖像画はごく暗いものだが、後継者たちは暗鬱さからは免れている。最も成功した書き手はガードナーだろう。長編第一作『ビロードの爪』は直接には『マルタの鷹』を下敷きにしているが、『影なき男』を先取りした設定も取られている。

          2‐3 アメリカ的小説工房の名探偵二人 アール・スタンリー・ガードナー『ビロードの爪』

          2-2 ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』

          ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』The Burning Court 1937  『火刑法廷』の探偵役は、この作品一作きりにしか登場しない。その理由を探れば、『火刑法廷』の作品世界の無類さにたどり着く。最後に明らかになるのは、「探偵の敗北」だが、クイーンの悲劇四部作と比べて、この様態ははるかに陽気だ。そしてある意味では根源的にミステリの原理を転倒させている。その根源性はカーのモラルからの自由さに応じたものだ。  カーは怪奇趣味をミステリの背後に流れる効果音のように使った。『

          2-2 ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』

          2-2 あらかじめ回避された悲劇 ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』

          ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』The Three Coffins(The Hollow Man) 1935 ジョン・ディクスン・カー John Dickson Carr(1906-77)  カーはクイーンと並ぶ黄金期の巨匠だが、作品傾向はともあれ、その作家的姿勢には対照的なものがある。結論からいってしまえば、カーはイギリスに移住したことによってアメリカ作家に課せられる「重荷」をあらかじめ回避した。カーの創作において、道徳的命題は余計な事柄だった。  パリを舞台にして最初

          2-2 あらかじめ回避された悲劇 ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』

          2-1 エラリー・クイーン『Yの悲劇』

          エラリー・クイーン『Yの悲劇』The Tragedy of Y 1932  一九三二年と三三年は、クイーンの最も充実した制作時期だった。もう一つの筆名を使って悲劇四部作も発表している。クイーンは合作ペンネームだから、二人二役となる。  悲劇四部作の探偵役は、引退したシェイクスピア劇の俳優。事件は彼の晩年に起こる。彼はいわば四作のみで使い尽くされるヒーローだった。『Xの悲劇』32、『Yの悲劇』は、クイーンの代表作であるだけでなく、古今の名作リストの上位にくる。この二作を前編とし

          2-1 エラリー・クイーン『Yの悲劇』