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2-6 死体置場行きロケット打ち上げ



H・H・ホームズ『死体置場〈モルグ〉行きロケット』Rocket to the Morgue  1942
アントニイ・バウチャー(H・H・ホームズ)Anthony Boucher(1911-1968)
 もう一つの有力な一派をあげるなら、筆頭にくるのは、あくなき精力で不可能トリックを追い求めたディクスン・カーの信者たちだろう。まず実在の猟奇殺人犯からペンネームを借りたH・H・ホームズ。彼は尼僧を探偵役にした密室もので師カーを追った。カルト教団での密室殺人をあつかった『密室の魔術師』1940(別冊宝石99号)が第一作。この作品は、ある長編密室傑作リストではベストテンの九位に入っている。
 第二作『死体置場行きロケット』では、物故した巨匠(カーをほうふつさせる)の息子ヒラリーを狙った殺人計画が連続する。彼は何度殺されてもおかしくないような憎まれ役。巨匠の著作権継承者として、言語道断の暴挙をくりかえす。たとえば、巨匠の作品の点字テキスト化に商業誌なみの転載料を要求するとか――。そんな男だから、車に撥ねられかけ、工事中のビルから落ちてきたレンガの下敷きになりかけ、毒入りチョコレートを口に入れかけ、次には、密室で刺殺されそうになっても、同情を引かない。いささか長すぎる前段、毒入りチョコレートも某作品をなぞったようで感心しない。
 ロケット実験の最中にほんとうの死人が出る。これが題名の由来だが、なかばすぎまで現われないのは苦しい。ロケットもその打ち上げにいたる仕掛けも充分には生かされていない。出てくるSF作家たちのおしゃべりに多元宇宙論などが早くも披露されるのが楽しい。不可能トリックの周囲を飾るデコレーションの面白さは、カー派の特徴だ。ホームズの二作は装飾が勝ちすぎる印象もある。
 この作家は、本名のアンソニー・バウチャー名義の評論・書評のほうが高名だ。小説家としては大成せず、評論に転じたという説(都筑道夫などによる)がもっぱらだが、いかがなものか。
 バウチャー名では『シャーロキアン殺人事件』1940 (現代教養文庫)がある。

『別冊宝石104』 1961.1  H・H・ホームズ『死体置き場行きロケット』
高橋泰邦訳
この巻は、他に、  ロナルド・ノックス『密室の百万長者』 The Three Taps 1927


『別冊宝石99』 1960.5 『密室の魔術師』高橋泰邦訳
『密室の魔術師  ナイン・タイムズ・ナインの呪い』 ‎ 扶桑社ミステリー文庫 2022.10
この巻は、他に、C・ウールリッチ『黒いアリバイ』 Black Alibi 1940  江戸川乱歩、都筑道夫によるH・H・ホームズ論、 中原弓彦(小林信彦)によるウールリッチ論、 黒沼健のエッセイなど。

『密室の魔術師』Nine Times Nine 新訳は
『九人の偽聖者の密室』  白須清美訳  国書刊行会 2022.9
 トリプルHの創作家用ペンネームは、19世紀のシリアル・キラー(その先駆者!)に由来する、という。
 ブックレビュアーとしての盛名に比して小説はマズイという俗説が通有しているが、けっしてマズくはない。前半に寄り道をしすぎるクセがあるので、テンポがゆるいような印象を与えるのだろう。


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