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座敷わらし事情 脚光を浴びる"たまご少年伝説"

「サングラスに派手な衣装を着ているかと思えば、素っ裸だったり、一体なにもの?」
 タイでは今、「アイ・カイไอ้ไข่」もしくは「ター・カイตาไข่」と呼ばれる少年像が注目されています。南部のナコーンシータンマラート県の寺院、ワット・チェディに宿る少年の姿の精霊?なのだとか。同寺院に祀られている木像は、お参りをすれば効果はてきめんで、元々は失せ物探しのご利益があるといわれていましたが、宝くじの高額当選の祈願を成就させてもらったなどの口コミが広がり、この数年で人気が高まっているそうです。

 少年の姿の精霊ということで、座敷童子のようなものかな?とインターネットで画像検索をしてたところ、幾重にも金箔を貼りつけられ、さらに願い事が成就した参拝者からのお供えなのか、軍人のような帽子や服、サングラス、花飾りなどに像本体が埋もれてしまっているような画像もあれば、小便小僧のごとく下半身の大事なところまでしっかりみえる全裸の姿の画像も出てきます。

Google画像検より ไอ้ไข่画像検索結果

 人気すぎてお寺が著作権を主張?!


 評判となったオリジナルの像はタイ南部のナコーンシータマラート県の寺院、ワット・チェディにありますが、あまりに人気があるもので、同ワットの境内に複数の像があるほか、別の寺院や祭壇にも次々祀られるようになっているようです。
 調べてみると、なんとワット・チェディは商務省กระทรวงพาณิชย์に「アイ・カイ」にまつわる著作権の主張を申し立てているとのこと。2008年以降、絵画、彫刻、メダル、文学、書籍など11件の多岐にわたる案件に対して権利を主張をしているのです(参考1)。タイでは海賊版と呼ばれる違法コピーのCDやDVDの販売がさかんであったり、商標登録を無視した人気キャラクターの模倣イラストがさまざまなところに描かれていたりと、著作権について疎いような印象を受ける場面も少なくありません。しかし実は国外からの要請もあり、タイ政府は近年、著作権保護に対する法整備や対策に力を入れるようになってきています。
 それにしても、寺院が信仰対象についての権利を主張するというのは、かなり珍しいことです。地元の伝承に由来するモチーフが著作物とみなされることもさることながら、利益の独占権を主張するといういかにも世俗的な問題に寺院が乗り出すという事例、今後タイ社会にどのように影響していくのか興味深いです。


「鳥獣擬人画」や「アマビエ」と類似点、相違点も


 日本における類似した事例として、国宝「鳥獣戯人画」の絵図があります。著作権は満了しているものの、所蔵している京都の高山寺がグッズやイラストに「高山寺公認」のお墨付きを発行する許諾権を行使しています(参考2)。寺院がライセンス・ビジネスを行っているというわけです。また、パンデミックで話題となったアマビエについて、複数の企業が「アマビエ」の文字商標を出願し、いずれも却下されたことも話題になりました。広く社会で「新型コロナウイルス感染拡大の終息祈願の象徴」として使われるようになったアマビエは、独占されることなく誰もが自由に使えるものであるべきとの認識がしめされたもので、こちらは信仰対象が正式にパブリックドメイン化した事例といえます。

 アイ・カイについては独占権が認められていたとしても、実際にすべてを取り締まることは現実的ではないのではないかというほどに、すでにタイ全土に広がっています。プラ・クルアン(小仏像)やパー・ヤン(布製の護符)といった御守は、人気が出ると模造品が出回ることは以前からつきもの。今後、信仰対象に対し寺院が著作権を主張するということが、そういった模造品対策とどのように影響してくるのか、また、公式のものかそうでないかが、その像や御守の効力にかかわるとみなされるのか否か、気になるところです。

歴史あるお寺での怪奇現象がことのはじまり

 さて、そのアイ・カイ像が安置されている寺院、ワット・チェディは、1000年以上の歴史のある寺院だといわれています。しかし、以前はほぼ廃墟化していたようで、改修工事が行われたのは1957年のこと。その際、工事の関係者たちは、夢で裸の少年に出会うなど、神秘体験?ポルターガイスト現象?にあうようになります。これをチェディを守る霊的なものの仕業であろうと考えた人々は、いたずら少年を「アイ・カイ・デック・ワット・チェディ」と呼ぶようになりました。

 「デック・ワット」は文字通り、「寺の子ども」という意味ですが、寺院に寄宿し、雑務を担う在家男性のことを表す言葉でもあります。出家者である僧侶は戒律を守るために、日常生活にさまざまな制限があります。そこで寺院の掃除などの労働や、在家者(特に女性)への対応、金銭のやりとり等を手伝うのが、「デック・ワット」です。ここでは「寺憑き童子」といった意味にもとれますし、実際に生前から同寺院にデック・ワットとして仕えた少年の霊という解釈もあるようです。
 「カイ」は卵の意味ですが、この地方で少年の愛称として一般的だった名前だとのこと。そして、ちょっと問題があるのが「アイ」という言葉で、これは男性の呼び名の前につけて使う、場合によっては悪態にも使われ、蔑称ともされる言葉です。日本語でいうところの「○○野郎」「○○小僧」といったところでしょうか。ごく親しい間柄の友人同士で使うこともあり、この場合は親しみを込めた表現ですが、何十年にもわたって信仰を集める対象に対してあまり良い呼び名ではないので、地元では「ター・カイ」、つまり「カイおじいちゃん」への呼び替えが勧められています(が、一度定着してしまった通称の変更はなかなか難しく、しかも少年像に対して「おじいちゃん」もしっくりこないとみえ、「アイ・カイ」が根強く使われています)。

 ともあれ、アイカイは職人の夢にも直接あらわれ「自分の像を作って欲しい」と訴えたともいわれています。その望み通り、夢にあらわれた姿をもとに、10歳くらいの裸の少年像が彫られ、改修後の寺院に丁重に祀られました。1983年にはアイ・カイ像をモチーフとした最初の御守も作成されます。その後、アイ・カイの像に祈願したところ、行方不明になった家畜が見つけられた事例が相次ぐなど、像は地元住民からの信仰を集めていくことになります。

軍人の滞在をきっかけに地元の俗信から全国的な信仰へ

 そしてアイ・カイ像が祀られるようになって間もない頃、共産主義勢力の活動を取り締まるためタイ陸軍の一部隊がワット・チェディを拠点基地にすることとなったそうです。兵士たちは本堂で眠ろうとしましたが、誰かに手足を引っ張っられたり、頭を小突かれたりという感覚を覚え、眠ることができません。翌朝、地元住民や当時の住職に事情を話した兵士たちは、それはアイ・カイの仕業だろうと告げられます。彼らの助言通りにアイ・カイ像に礼拝したところ、アイ・カイのいたずらは収まったといわれています。以上の逸話がきっかけとなり、アイ・カイの伝説は地元から全国へと知名度をあげていきます。

 サングラスやベレー帽、迷彩柄の服が着せられているのは、このエピソードから、ちょっかいを出すほど兵隊さんが好きなのだろうと、ミリタリー風のお供え物が選ばれているためです。他にも、玩具、闘鶏(の置物)、爆竹、花火などいかにもいたずら小僧らしい品々がお礼参りの供物の定番となっています。

伝説の高僧とのゆかりがあるとの解釈により、ますます人気に


 アイ・カイが何者で、なぜワット・チェディに憑いているのかにまつわる伝説には諸説があります。寺に遊びに来ていた地元の少年が近くの湖の事故で命を落とし、そのまま魂が寺にとどまっているという説もありますが、実在したといわれる高僧、ルアン・プー・トゥアット(Luangpuu Thuat/หลวงปู่ทวด)とゆかりがあるという説が好まれ、広く知られるようになりました。
 ルアン・プー・トゥアットは、海水を飲水に変えるなど数々の奇跡で人々を救ってきた、神通力をもつ高僧として知られ、タイでは大変人気があります。実在といえども400年以上前の人物なので、写真などは残っておらず、夢枕に立った姿をもとに描かれたという肖像画や立体像、御守りが全国各地で数多く祀られている存在です。

 ルアン・プー・トゥアットが国内を行脚しワット・チェディを訪れた際、当時荒れ果てていたワット・チェディが実は後世に残すべき価値をもつ宝であることを感じ取り、アイ・カイに寺院にとどまり守護するように命じたといわれています。その時のアイ・カイはルアン・プー・トゥアットに伴われていた弟子であったという説もあれば、不思議な力をもった地元の少年であったという説も。そして、アイ・カイはデック・ワットとして生涯寺に仕え、地域の人々に愛されましたが、不慮の事故で命を落としてしまいます。しかし、人としての命を失っても尚、魂は寺院を守護するという師との約束を守り続けているというのです。肉体の寿命を超えるために自ら命を断ったという説や、ルアン・プー・トゥアットと出会ったときにはすでに精霊であったという説も存在します。

 ”伝説”ということで、いずれの話も歴史的根拠はいかほどにあるのか定かではないのですが、ワット・チェディ公認で製作されたテレビドラマやドキュメンタリー番組も放送されており、アイ・カイの伝説はリアリティーをもつ話として人々の脚光を浴びています。COVID-19パンデミックの閉塞感もあり、こうした希望を託せる存在が一層求められているのかもしれません。

【参考ウェブサイト】

テレビ番組について

AMARINTV YouTubeチャンネル 2021/04/04ไอ้ไข่เด็กวัดเจดีย์ ลูกศิษย์หลวงปู่ทวด | ไอ้ไข่เด็กวัดเจดีย์ | EP.1
เปิดปาฏิหาริย์ความลี้ลับกับ “ไอ้ไข่ เด็กวัดเจดีย์” ละครซีรีส์เรื่องแรก ที่ได้รับอนุญาตจากวัดเจดีย์อย่างเป็นทางการ 2021/03/31
ThaiPBS Youtube チャンネル2020/11/30 ライブ配信ไอ้ไข่เด็กวัดเจดีย์ : เปิดปม (30 พ.ย. 63)
KomChadLuek 2019/03/06 6 มี.ค.2225 สิ้นหลวงปู่ทวด วัดช้างให้ตำนานเหยียบน้ำทะเลจืด

著作権登録にまつわる記事

注1:Matichon online 2020/09/17กระทรวงพาณิชย์ เผยรายละเอียด ลิขสิทธิ์ ‘ไอ้ไข่’ วัดเจดีย์ยื่นจดตั้งแต่ปี 51 รวม 11 ชิ้น
注2:ちざたまご 2021年4月20日掲載 2022年1月8日更新「『鳥獣戯画』は誰のもの?著作権満了デザインの『許諾』権を考える」 Toreru Media2

※この記事はJSPS科研費(研究課題17J40124)の助成を受けた研究の成果を含んでいます。

このnote記事は、2022年発行『日・タイパートナーシップ (172)』pp. 36-39に掲載された、小川絵美子「わたしの事情、タイの事情(53)座敷わらし(?)事情 脚光を浴びる"たまご少年"伝説」を、発行元の承諾を得て転載したものです。
https://cir.nii.ac.jp/crid/1522543656134731648


https://researchmap.jp/e-ogawa/presentations/37236784


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