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若者の底力事情:タイの学生たちの潜在力

この記事は、日・タイ経済協力協会発行『日タイパートナーシップ』2020年秋号に掲載されたものです。

 若者たちによる民主化運動が勢いを増しています。COVID-19の感染拡大防止への積極的な取り組みに続き、
「厳格な年功序列社会で年長者を重んじる」、
「団体行動が苦手で個人が尊重される」、
「サヌック、サバ-イ精神で忍耐強さよりも楽しいこと、快適なことが好まれる」
といった、これまでのタイ社会のステレオタイプイメージを塗り替えるような
「反骨精神」、
「団結力」、
「忍耐強さ」
が示されています。
一方で、若者たちの意志力や柔軟性もまた間違いなく「タイらしさ」を象徴するものです。

正確なデータでは示せませんが、タイは自営業者が多い国だと言われることがあります。大手企業に勤めるよりも、小さくても自分の店を持ちたいと考える人は多く、実際に露天商やネットショップ(electronic commerce:EC)から開業している人はわたしのまわりにもたくさんいます。

工学部の学生がゲーム開発に挑戦したり、芸術学部の学生が作品の展示販売会を行うことなども一般的で、在学中からビジネスに目を向けて動き出す若者も少なくありません。SNSを使って占いを提供するサービスを展開したり、定期市で手作りの雑貨やお菓子を販売したり、趣味や副業として小規模から事業を起こす人もいます。日本語では(死語になりつつはありますが)「脱サラ」などと揶揄するように、雇われる身からの起業は一大決心のような印象がありますが、タイでは「やりたいことを、やりたいようにやるため」ごく自然な選択肢となっているのです。整ったインターネット環境、大手企業のインキュベーションプログラムの後押しなどもあり、バンコクやチェンマイは、東南アジアのなかでもICTベンチャー・スタートアップ起業の集積地として注目もされています。

今回の運動の背景には、そんなタイの若者たちの行動力や自立心もあるのではないでしょうか。

そして、軽やかに起業をする若手たちは、潮時を逃しません。波に乗っている時には機を逃さず事業を拡大し、反対におもうようにいかないと見れば撤退や路線変更の判断も躊躇しない。

まずはやってみる。

もしうまく行かなければ、その時々でどうするか判断をする。

なので、タイのトレンドは移り変わりが激しいようにみえます。多くの人が目をつける流行り物は、どんどん展開されていきますが、一度人気にかげりが見えれば、速やかに次の対象へと、人々の関心は移っていきます。

アイスクリームが人気とあれば、どこの店でもメニューに加えられ、フィットネスが人気とあれば、空きスペースや客足の少なかったテナントは次々ジムやスタジオに姿を変えます。
しかし注文が減ったり、採算が合わなくなればアイスクリームは定番化せずにメニューから消えていきますし、利用者の減ったジムやスタジオも、いつの間にかより維持管理のコストがかからない、次の流行であるコワーキングスペースに姿を変えているかもしれません。

デモのなかで、意思と要求を表現するためにポップカルチャーのモチーフを採用していることや、取り締まりを避けるためのフラッシュモブ的手法をとっていることも、変化に敏感なタイの若者たちの強みを生かした戦法のようにみえます。

香港の民主活動でも同じ問題がありましたが、マス・メディア統制が入る中での活動では、発信するメッセージが歪められたり、正しく広められない危険があります。ハリウッド映画の『ハンガー・ゲーム』から着想したといわれる三本の指を突き立てるポーズをはじめ、アニメのハム太郎主題歌の替え歌、「名前をいってはいけないあの人」を暗喩するハリーポッターのコスプレなど、クリエイティブな発想で様々なシンボルが使われていますが、これらはわかりやすくキャッチーだというだけではなく、外国のマスメディアからの注目を得る目的もあり、あえて国外のポップカルチャーを起用したものともいわれています。

COVID-19の影響により、世界で人々の関心は内政に向かっています。外国からタイへ取材班を送り込むことは物理的にも不可能ななかで、国際ニュースでの扱いは小さなものになってしまっていますが、民主主義国やヨーロッパ諸国の視線を見方につけ、国の公正で明るい未来を勝ち取りたいというのが、活動家たちの願いなのではないでしょうか。

「#FreeYOUTH」「#whydoweneedaking」をはじめ、新しいハッシュタグを次々に打ち出したり、皮肉を込めた比喩表現を使うなど、厳しい検閲をかいくぐりながらオンライン上でも活動が展開されています。SNSは街頭デモの告知や議論の場に使われるだけではなく、デモには参加しない(あるいは様々な事情により参加できない)が、連帯や支持を示すためにハッシュタグを付けて画像やコメントを投稿するという動きもあります。

たとえば、「ムーテールー・プア・スィリーパープ」すなわち「自由のためのまじない」というハッシュタグは、世界中の縁起物や呪物の画像や事例をシェアすることで、活動の参加者たちの身の安全や、目標の達成を願うものです。

また9月19日から続いたデモの最後、20日未明に王宮前広場に隣接するエリアに設置された「国民の銘板」は、その実物は数時間で撤去されてしまいましたが、その後もインターネット上に移動し、その姿が拡散されました。ハッシュタグで検索すると、わずかな時間に現場を訪れた貴重なセルフィー、自身で作ったレプリカ、そっくりなキーホルダーやクッキー、二次創作用の配布画像、アレンジされたステッカー、どこへでも任意の地面で埋め込み画像が撮影できるARアプリなど、様々な展開がされ存在感を増していることがわかります。

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Google画像検索で表示される銘板のファンアート

一連の活動には、大学生だけでなく、高校生、中学生たちも参加しています。彼らは厳しく理不尽な校則に対する抗議を示しており、「目上の者を敬う」ことが美徳とされる教育をされているタイにおいて、権力に反旗を翻した彼らの行動は異例のことであると報じされました。

しかし、タイの学生たち、生徒たちが秘めていた潜在的な行動力、結束力を考えれば意外なこととはいえないかもしれません。

厳しさから教員との確執が生じれば、それが生徒同士の紐帯を強めることにもなりえますし、タイの学校では、泊まり行事も含め、公式、非公式のイベントが数多く行われ、親睦が深められています。多くの高校や大学のスポーツデイ(体育祭)では、クラスや専攻が一丸となる応援合戦が見どころとなっていたり、行事毎におそろいのチームTシャツを作るのは学生に限らずタイではお馴染みの光景であったりと、自立心がある一方で、若者たちには団体行動、チームプレーも多いのです。仲間同士で積極的に行事に参加したり、時には自ら企画、主催している学生、生徒らは、長期化するデモを運営するノウハウや実行力を十分にもっている層でもあったわけです。


2020年10月


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