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【短編小説+ED曲】「半透明のBと俺」

注)この作品は「短編小説」と「エンディング曲」で構成されています。
お話と曲を合わせて、想像が膨らむように作ってみました。

10分くらいで楽しめると思います。
小説・音楽好きの方ぜひ。

ーーーーーーーーー


「『これから先の人生は俺と、そして、”Bの思い出と共に”…過ごさないか?』よし、これで決まりだろ!」


…


「おい、おい! なんとか言えよ! スベったみたいじゃんか。」

Bにそう言われ、俺は "うわの空" から戻ってきた。



「ごめん。うっすらしか聞いてなかった。」



数秒前、頭の端っこで聞こえていた言葉を思い出しながら、さらに言葉を返す。



「ていうかお前さ、"Bの思い出と共に生きよう"とか言ってた? これは俺と、C子の問題だろ?」

すかさずBが返す。



「馬鹿。俺あっての、C子とお前だろ。俺が突っつかなきゃ、自分の気持ちも分からなかったくせに。それにあいつは…いや女は誰だって、情熱的な言葉が好きなんだよ。」



まくしたてるBの両眉が、大きく持ち上がっているのがわかる。

きっとツバも飛んでいるんだろう。ハッキリ見えないが。



「はい、わかったから。ちょっと今、道調べてんのよ。」



俺はBを制止すると、スマホをいじる。

そしてまた、自分が "うわの空" になっていくのを感じる。



ーーー

Bが死んだのは、1年半ほど前だ。

こともあろうか、現場はウチの目の前だった。



久しぶりに酒でも飲むか、と約束していた夜。
路上にBが倒れているところを、マンションの大家さんが見つけて救急車を呼んだ。


そしてそのまま、Bはあの世に行った。



サイレンがすぐそこで止まったとき、俺はうたた寝をしていた。

あまりに音が近いので目が覚めて、様子を見に出たら救急車が出て行くところだった。

嫌な予感がした。血の気が引くっていうのかな。


こめかみや首筋らへんを起点に、全身の力が入りにくくなるような感覚。

スマホのディスプレイを這う自分の指は、どこか他人事に感じた。

すぐにBに電話した。だけど繋がらなかった。
後でわかったんだけど、あいつはスマホを忘れて出てた。



結局、死因はよくわからないまま。いわゆる突然死。

そこから嘘みたいなスピードで、通夜、葬式と流れていった。




当時、BはC子と付き合っていた。共通の幼馴染だ。
死ぬ2年くらい前からかな。

20年以上もそんな素振りを見せなかった2人が、急にくっ付いたんだ。

何を聞いても「俺はもう十分遊んだんだ。」というコメントしか返ってこなかったが、なんとなく理由は想像できた。

あの頃、C子は仕事のストレスで心を病んでた。
俺が久々に会ったときも、ちょっと引いてしまうくらいに痩せてたんだ。

それがBと付き合いだしてから、だいぶ良くなった。
体重も増えてたと思う。

そんな矢先の出来事だったから、あの日はC子と俺と、おじさんやオバさん。みんなで一生分泣いた。

そんな日が一週間は続いた。




…だけど、問題はここから。



Bの四十九日。

夜、ウチに帰ってきて、電気をつけるとBがいたんだ。


視界の端が「それ」を捉えた瞬間にわかった。
ソファにBがいる。


「…Bか?」



ゆっくりとソファの方を向きながら、俺は言った。
驚いた。
でも変な話、同時に「やっぱりそうか」と思っている自分もいた。

まるで、今日ここにBが現れることを知っていたかのような、不思議な感覚。

だた全く予想してなかったのは、体が半透明だったこと。

最初Bはソファに座ってるのかと思ったけど、ただその位置に屈んでいるだけだった。モノはすり抜けるらしい。



向こうには、驚いた様子はなかった。

ゆっくりと顔をあげ、俺の方を向くとBはこう答えた。



「なんか、俺、まだダメなんだって。」




それから一年半。
今日に至る。



「よし、道はわかった。ああ、なんかアタマ痛くなってきたかも。」

スマホをテーブルに置くと、天井を見上げる。頭蓋骨の付け根が硬い。
血が通っていない感じだ。



「よし。そしたらお前、コーヒーでも飲めよ。落ち着くんだ。俺も匂い嗅ぎたいし。」



「…そうだな。」

C子に貰った粉コーヒーがまだ冷凍庫に入ってる。

確かに、一旦落ち着くべきかもしれない。



キッチンまで行き、電気ケトルを持ち上げてみる。

コーヒーを作る位の水は入っていそうなので、そのままスイッチを入れた。



シンクに目をやると、朝使ったマグカップがひとつ。

洗うのが面倒だったので、軽く水でゆすいで調理台に置く。



引き出しから紙フィルターを出し、ドリッパーにセット。
冷蔵庫から出した粉コーヒーを盛る。

「一杯分はこれくらい」というスプーンが付いているのだが、いつも少なめに入れてしまう。貧乏性なのだ。



ケトルに目をやると、コトコトと音がし始めていた。



「なぁ、準備できた。」



「お! 待て待て、すぐ行くから。」



ソファにいたBは、ゆらりと揺れた後で、ふっと俺の横まで来た。

瞬間移動のように早い。



正確には、横、というより少し重なる近さだ。
お互いの肩が重なって干渉している。



「おい、近すぎ。暑苦しい。」



「いいじゃないか、最後のコーヒータイムかもだぞ。楽しませてくれよ。」



「つうか、本当に匂い、感じてんの?」



「んー、わからん。でもやっぱ、コーヒーの匂いだけは感じる、気がする。脳の錯覚かもな。」



「脳があるかも怪しいけどな。」



「うるせえよ。」



ケトルにお湯が沸き、ドリッパーに湯を落とす。

一度蒸らした粉へと湯を注ぐ。

鼻腔の奥にコーヒーの香りが届いた。

お互いに、少しだけ前に頭を垂れる。
そのタイミングが揃ってしまう。



「おお、いい感じ。めちゃいいわ。成仏してしまいそうだ。」



「いいね。心残りを消すくらい、会心のドリップであの世行き。

…いや、良くないか。トラウマになりそうだな。」



「でも、まぁ。今日の結果次第じゃ、本当にこれが最後かもな。」



「…どーだろ。」



「ハッキリ言ってな、俺はもう、この状態にウンザリはしてるんだよ。どういうジャッジで向こうに行けるのかもわからんし。」



「うん。」



「だからな、任せたぞ。」



「うん。まぁ。やるだけやるよ。」



「それにしても、落ち着く匂いだよな。コーヒーってのは。よし、もう十分香りは楽しんだ。後はお前のもんだ。」



コーヒーを入れた後、それがなにかの合図だったかのように、俺たちの口数は減った。



着替えや身支度をしながら、俺はちびちびとコーヒーをすする。



そんな間を埋めるように、部屋のステレオからはビートルズが鳴っている。




「じゃあ、そろそろ行くわ。音楽どうする?」



「このままシャッフルでいいよ。」



「オッケ。」



旧いiPodが繋いであるステレオの音量を、少しだけ上げる。



「あと、コーヒー。残ってるなら、テーブルに置いといて。雰囲気だけ。」



「ああ、わかった。ちょっと残ってるから。」



「あとは、大丈夫。」



「うん、わかった。」



俺は玄関に行くと、革靴に足を突っ込んだ。



少し手間取ってから顔を上げると、Bはソファからこっちを観ていた。



「報告、楽しみにしてるぞ。」

「うん、じゃあな。」



お互いに、あとひとつや二つの言葉を出そうとして、飲み込んだ。



そんな間があったあと、俺は玄関を出た。




ー終ー

▼ED曲:ナナシナタロウ「不在の輪郭」


ーーー

■この文章を書いた人
ナナシナタロウ
31歳から音楽活動を始めた、少しスロースターターなヒト。よい語感が好き。文章書くのも好き。熊本出身、福岡在住の無所属シンガー。LIVEではアコギやエフェクターと弾き語るスタイル。引きこもって創作活動に励む。右利き。

活動支援していただけると、自宅でスキップをしています。 その上で、音楽活動の糧として使用しております。 いつもありがとうございますm(_ _)m 精進します。