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【マインドフルネス短歌】

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収めたい物のために入れ物を用意することもあります。そして、そこに入れ物があったので、相応しいものを見つけて入れてみることもあります。  自らの感性を取り戻したいと願ったとき、三… もっと読む
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記事一覧

[71]七草探し

セリナズナ霜にきらめくホトケノザ 七宝探すスズナスズシロ ▶▶YouTube 早朝、白い息を吐きながら家の敷地に隣接する畑に向かう。私の数歩先を母が歩いている。まだ赤みを帯びる朝陽を浴びて、母の輪郭が柿色に縁取られる。小学生の私はザルを抱え、寒さに肩をすくめながら母の後をついていく。今日は一月七日。朝食の七草がゆに入れる七草を探すのだ。 腰をかがめ雑草をかき分け七草を探す母の側で、私は何度も太く長く息を吐き出していた。吐き出された息が対流してまとまり、朝陽に透けて輝き、そ

[50]夏のパートナー

首を振るばかりの彼より 癒される 首を傾げる サーキュレーター ▶▶YouTube クーラーは冷えすぎる。 そんな私はサーキュレーターと夏を過ごす。 扇風機も悪くなかった。 スラリとした姿、涼し気な網の目。 なにより常温の風は体に優しい。 悪くはなかったのだが、つまらない。 いつも単調に首を横に振るばかりで、 こちらの都合などお構いなし。 風が当たっている時はいいが、 そうでない時は、 当たっている時の涼しさの反動で ますます暑さを感じてしまう。 ところで、 最近う

[51]蝶の誘い

踊るようにらせんを描き 誘う蝶 遊ぶと決める 楽しむと決める ▶▶YouTube 視界の隅に白くちらつくものがある。 モンシロチョウが一羽、 羽ばたきごとに朝の陽射しを反射している。 彼女は歩く私を引きとめるように、 左手のあたりにいたかと思えば、 右耳をかすめて目の前に回り込み、 いたずらっ子のように振り返る。 急に始まった鬼ごっこのような、 その遊びを楽しみながらも翻弄されて、 私は思わず歩みを止める。 なおも私のまわりで遊ぶ彼女は、 まるで私をどこかへ誘うよう

[11]駅の陸橋から望む

どこまでもつづくよライン       二本のミラー        空の模様の大地のリボン ▶▶YouTube 駅の陸橋から夕焼けを眺める。 沈んでいく太陽を追いかけるように、 どこまでものびる二本の線。 やがてその消失点に夕日が溶け込んでいく。 刻々と変わる空のグラデーションを 映し続ける二本の線は、まるで鏡だ。 黄昏時、辺りが少しずつ暗闇に沈んでいくなか、輝き浮かび上がる。 やがてそこには、星が輝くのだろう。 そしていつか、朝日が映る。 人々の暮らしを祝福する

[64]古都散歩 三首

砂利の音を重ねるごとに清々と 空開きゆく建礼門 ハレとケと古今の糸が織る錦 町家小路に杼を通しゆく鴨川の流れは絶えず水清し 碧眼の亭主茶碗にクラゲ ▶▶YouTube 毎朝散歩をする。 普段は一人だが今日は特別だ。 一緒に歩く人がいる。 秋とはいえ、 早朝の京都はシンと冷えて身が引きしまる。 新鮮な朝の陽射しが心地よい。 京都御所には早朝にもかかわらず、 散歩をする人、ベンチでくつろぐ人が散見される。 この清浄な空気を味わっているようだ。 あるいは粛々と祈りを捧げてい

[61]「ばら色」という色

この空を「ばら色」って言うんだねきっと 君に見せたいって思ったから ▶▶YouTube 「赤色」と一言でいうけれど、 多分、思い浮かべている色はみんなそれぞれ違う。 血の色のような深紅。 ワインを思わせる紫がかったバーガンディレッド。 肌色に馴染むコーラルレッド。 深いピンクを含んだようなマゼンタ。 昔から気になっていた。 では「ばら色」とはどんな色だろう。 ウィキペディアによれば、 赤とマゼンタの間の色、バラの赤い花の色。 だそうだ。 また、比喩として、 日本語

[44]らせん状に立ち昇る

ミル回し 豆も私もすりつぶし 豊かな香り らせんに昇る ▶▶YouTube 毎日コーヒー豆を挽きます。 コーヒー豆を挽くのは楽しい作業です。 コーヒー豆を見ると 子どもの頃らくがきした、 「かわいいコックさん」の 愛嬌のある口を思い出します。 ホッパーに豆を入れると、 カラカラと楽し気な音をたて 小動物のように飛び跳ねながら、 円錐の底に集まっていきます。 ハンドルの回転とともに、 豆はゆっくりと渦になり 穴に飲み込まれていきます。 ゴリゴリと豆が砕かれる音。

[41]翡翠の実

マントルが その枝の先に実らせる 翡翠を抱く ミカンの木 ▶▶YouTube ミカンと言えば黄色くまるい姿を想像する。 陽射しを集めたようなその色艶。 まぶしさと甘酸っぱい味を想像して 目を細めたくなる。 彼らは食べられるために魅力的に見えるのか、 食べられたから魅力的に見えるのか。 魅力的になる前の彼らは、 茂る緑の葉の陰に身を潜めている。 その深い緑色に輝く硬い実は、翡翠のようだ。 翡翠は地殻とマントルの境界付近で生じる、 造山運動に伴って形成されるらしい。

[20]精霊牛によせて 三首

牛も馬も    スーパーにならぶ    お盆かなささげ豆    へそを目にする         精霊牛鼻は獏  髪は七三   目は土偶      ウチのカワイイ      おしょらさま 仏前にお盆の特別なお膳を供えながら、 母が今年の”おしょらさま”の出来について語る。 ”おしょらさま”とは、精霊牛のことだ。 言い訳なのか自慢なのかわからない、 その熱心な説明を聞くのが、 私の毎年の恒例行事だ。 実は今年はスーパーで売ってたから 買おうかと思ったけど、 キュウリの馬もセッ

[19]台所から蓮田を想う

夕立が蓮田をチューニングしてる   曲はピアノからフォルティシモへ ▶▶YouTube ばんごはん何にする? 連日の暑さに少々疲れた様子の 母が物憂げに言う。 お盆は実家に帰省する。 田舎はお盆の行事が多い。 お墓の掃除から始まってお寺に供え物をし、 ゴザを編みナスの牛を準備する。 迎え火を焚き、 仏様に3食の食事を作り供える。 そして親戚周りやご近所周り。 いつもなら会社や学校に行っている家族は全員家にいて、 ご飯はまだかと催促する。 そんなこんなで、 主婦にと

[21]お盆にぼたもち

長男がもち搗き 次男が餡混ぜて 私が丸め ばあばが餡着せ お盆は自家製のぼたもちが楽しみの一つだ。 前日から母がもち米や小豆の 下準備をしてくれている。 炊飯器で炊いたもち米を、 すりこぎで搗きつぶすのは長男だ。 高校3年生、とうに叔母の私の背を超えている。 愛嬌がある黒目がちなぱっちりした目、 小さい頃からよくしゃべり、 場を和ませる存在だ。 仕事を頼むとちょっとぼやきながら 既にすりこぎに手を伸ばしている。 優しい性格で、結局手伝ってくれる。 圧力鍋で小豆を煮て、

[22]誰そ彼に夕顔

誰そ彼に 沈む世界に   残る灯を   集めて浮かぶ         夕顔の花 ▶▶YouTube 昔、実家の庭先に夕顔が生えていました。 夕顔の実はかんぴょうの材料です。 母も植えた記憶がないそうで、 鳥が運んできたのだろうということでした。 陽が落ちて辺りが涼しくなった頃、 夕飯の支度のために 庭先の菜園に野菜を採りに行きます。 野菜を採り終えて目を上げると、 いつの間にか、 草も木も色を失くし 溶け合ってひまとまりの影になっています。 自分の手さえその影に溶

[23]夕方と夜の狭間で

色を脱ぎ 香りを纏う    菜園で息をひそめる    夏の誰そ彼 ▶▶YouTube 毎日散歩をする。 まだ暑いので外が過ごしやすくなる時間を選ぶ。 心地よい夕風の中、バラ色の夕焼けを眺めるのもいい。 清々しい星空が涼し気な夜も悪くない。 そして私は、 夕方と夜の狭間の時間に出かける。 夕方というには空の色が儚げで、 夜というには闇が淡い。 刻一刻と影が濃くなる。 あの街路樹も あの花壇の花も いつの間にか同じ影に沈もうとしている。 いつもの菜園の側を通りかかる

[25]風立ちぬ

明星をめざす    グラスの泡柱    かすかに揺れる          今日は風立ちぬ ▶▶YouTube 空を眺めるのが好きだ。 特に夏の夕方は 心地いい夕風を感じながら ベランダで過ごすのが好きだ。 空の色が変わってゆく様を味わい、 頬をなでる風の感触を味わい、 それらの日々の違いを味わう。 ある日の風に ほんのわずかな違和感を感じる。 爽やかで優しいけれど、 少しぶっきらぼうでそっけない。 グラスの底から空へ昇る泡柱が揺れる。 ガラスの中の小さな世界で