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『舞台俳優殺し音響』の劇場で初舞台を飾った清原果耶の見事な実力の話

11月28日、東京建物ブリリアホールで舞台『ジャンヌ・ダルク』の初日を見た。朝ドラ『おかえりモネ』や『透明なゆりかご』などで知られる清原果耶の初舞台。もともと実力には定評があり(というか、10代から絶賛以外の評価をほぼ聞かないほどの才能である)心配はしていなかったが、初舞台の初日というプレッシャーを感じさせない堂々たる主演だった。
ただ観劇前に、不安要素として感じていたことがひとつあった。上演する劇場が東京建物ブリリアホールだったからである。池袋の超一等地に建設された新劇場にも関わらず、ここの音響の評判は決してよくはないのだ。

「2019年に完成したばかりの巨大新劇場の音響が悪いなんてことがありえるのか?いまどき映画館だって音響にはこだわるだろう」と思うかもしれない。でもネットで施設名を検索すれば、以下のような評判が山のように出てくる。

東京建物ブリリアホールにプロから苦情「音響が酷い、あれでは役者の喉が逝ってしまう」

筆者自身も、今回の前に別のブロードウェイ脚本のミュージカルでこの施設で観劇して驚いた。こちらの席が上階席の後列だったこともあるが、聞こえないのである、役者のいくつかのセリフが。出演していたのは若くして演劇賞を受賞した主演はじめ錚々たるキャリアの舞台俳優たちであり、実力には申し分ないにも関わらず、最後列に届く前に役者の声が吸い込まれ、不明瞭に濁ってしまうのだ。古い施設ならいざ知らず、これが演劇や音楽のために数億円をかけて建設した(知らんけどたぶんそうだと思う)鳴物入りの劇場なのか?と思わずにはいられなかった。たとえば東京芸術劇場の壁が役者の声を反響させ、洞窟のようなエコーで響かせるのに対して、ブリリアの壁は役者の声を吸い込んでしまうのだ。防音に気を使いすぎてこうなったのだろうか?これは役者にとっては流砂の足場でスポーツをするようなハンデである。

俳優は、劇場の悪口を言わない。少なくとも観客に見える舞台やSNSで「いや何しろこの劇場の音響は悪くて、後ろの方の席はセリフが聞こえないこともあったかと思いますが」とは絶対に口にしない。劇場施設に対する深刻な風評被害であり、営業損害になりかねないからだ。演出家もそうだ。声が聞こえないのであればそれは私たちの実力不足です、というしかない。

演劇初舞台の清原果耶にとって、これは逆風である。観客はこの劇場の音響特性を知っているとは限らず、もしもセリフが聞き取りにくければ、それは演劇の発声に慣れていない若い女優の未熟さゆえなのだ、と思ってしまうかもしれない。劇場不足で興行側も選ぶ余地はなかったのだろうが、よりにもよってブリリアが初舞台か、という一抹の不安はあった。

結論から言えば、清原果耶はこの劇場の特性によく対処していた。劇場パンフレット(2500円もする豪華本みたいなやつである)のなかで演出家の白井晃氏が「勘がいい」と絶賛するように、役者として観客に声を届けるにはどうすればいいかわかるのだろう。ピアノの楽譜で言えばフォルテ、フォルテ、フォルテッシモ、というような強い発声を重ねて凛々しいジャンヌダルク像を作ることで、声を吸い込む「ブリリアの壁」とよく戦っていたと思う。

ただ、清原果耶屋の才能という意味ではそれは少し惜しいことでもあった。本来なら「おかえりモネ」などで見せたピアニッシモのささやくような発声から強い声までの落差を見せられるのが彼女の演技だが、この劇場では弱い声は観客席まで届かないと判断したのか、舞台全体を通してフォルテッシモで強く弾き切る演技プランが選ばれていた。それは白井晃演出の判断でもあるのだろう。もともとこの舞台はジャンヌダルクの強さを描く一方、神を信じきれない村娘として揺れ動く弱さも描く脚本であり、初演の堀北真希や再演の有村架純は、必ずしも「男役」的な演技が本領ではないガーリッシュな女優を起用することで、「無理をして男装をしている」ジャンヌの危うい弱さを表現していたからだ(たとえば有村架純版のジャンヌなどは、めいっぱいの低音で叫びながら今にも泣き出してしまいそうな声のうわずりも含めてジャンヌという人物の表現になっていたと思う)。過去の2人に対して、低音発声に優れる清原果耶が劇場ハンデを乗り切るためにフォルテッシモで演じることはジャンヌの強い面を演じるにはプラスであったが、揺れ動く弱さを演じる側面はやや薄まっていたと思う。10代から「王道」を歩いてきた清原果耶のイメージともあいまって、堂々たる女傑のジャンヌになっていた。だが、もっと音響のいい劇場ならピアニッシモの発声も使いこなしたのではないか、という惜しさも感じた。

舞台全体としてとても良かった。傭兵のレイモンを演じた坪倉由幸がいい人情味を出していた。芸人出身なのに、などとは言うまい。お笑い芸人とはつまりコメディ俳優なのであり、すなわち手練の役者なのだから。

パンフレットは2500円と高価だが、各キャストのインタビューは読み応えがある。ガザについて言及している俳優もいて(誰なのかは読んでのお楽しみ、月額マガジンでも少し触れます)最近のインタビューであることがわかる。書籍に近い内容で、買えるなら購入をお勧めする。

思えば、朝ドラ『おかえりモネ』も清原果耶にとっては逆風の内容だった。誰からも愛される朝ドラヒロインとしては、百音の抱える震災と東京というテーマはあまりにも重すぎた。脚本家自身が答えを出しきれない(というかほとんど誰にも答えられないテーマだ)ストーリーの中で、視聴率はいいとは言えなかった。だが十分な実力でそういう困難な作品を制御してきたのもまた清原果耶で、今回の初舞台も実力を証明するものになったと思う。

実は『おかえりモネ』でも、セリフが聞こえないという感想はあった。それは演技力や音響の問題ではなく、視聴者の高齢化の問題だ。

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