「海月に生まれてればよかったね。」
彼女は右だけに笑窪を作ってに笑った。冷えた砂浜。海には夕日が、地平線の奥に眠ろうとしている。
僕は白くて小さなツボを手にして馬鹿みたいに砂浜に座り込んでいる。ツボには骨が入っている。僕は砂浜とツボに冷やされて寒かった。
靴や足にに砂がつくのものも構わずに雑に座ってる。映画みたいな感傷的なシチュエーションなのに、僕は自分の中が空っぽになって寒いことしか分からなかった。

「海月だなんてごめんだ。」
喉の奥が痛くて、大きな穴が開いているような気もする。
冷たい感触、ツルツルした無機質なツボの感覚だけが現実なのか。

「海月って死んだら溶けてなくなるんだって。そしたら存在ごと忘れられちゃうのかな。私がいたって、証明はどうすればできるっていうの？」

「僕が証明すれば良い」

「どうやって？その白いツボの中身が私？」

右だけに笑窪の寂しい微笑。

「僕は君を忘れない。」

僕の足によせてはかえす波。この海の冷たさも君にはもうわからない。

彼女の手を僕は取って、掴もうとするが触れなかった。

「忘れないで。」

目に真珠の輝き。微笑の彼女の姿が蝋燭を消したように、跡形もなくなる。

僕は君の笑う顔も、話した言葉も、匂いも、声も、忘れたくないよ。

誰か、どうか、なんでもするから、なんでもあげるから、悲しくても苦しくてもいいから、お願い、僕の中から彼女を奪わないでください。

砂時計のように降り積もる冷たい砂の上で僕は彼女の微笑の時を止めて、見つめている。

穴は埋まらず、時間を数えるたび砂が増え彼女だけが変わらず、右だけの笑窪の寂しい微笑をしていた。