マッシュルームの花言葉は「福音」


――マッシュルームの花言葉は「福音」……と言われているが、そもそもキノコに花言葉は無く、付けられた物にはっきりとした由来がない。「希望」とする説もある。――

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「福音ねぇ……」

 彼女は、聞き慣れない言葉をスマホで調べた。ふと高校生の時に、買ってもらった電子辞書を学校に持っていったら「紙の辞書使え!」と言われたことを思い出す。普段から仕事で怒られてるのに、思い出すことまで怒られてるんじゃ気が滅入るどころ騒ぎじゃない。

 検索して出て来た記事を流し見て、とりあえず聖書の言葉であることはわかった。堅苦しい言葉だなと思ったが、単純に「いい知らせ」という意味もあるらしい。こっちはだいぶ身近だ。でも上司に「営業成績についての福音だ」とか言われたら、昨日何か変なもの食べました?と聞いてしまいそうと思った。

 変なもの……と思い、ふと目を下に落とす。テーブルの上にはバスケットに入った齧りかけのマッシュルームハンバーガーとオニオンリング、それに氷いっぱいのアイスティーが入ったグラスが置いてある。そういえばマッシュルームの花言葉ってあるのかなって思って調べ始めたんだっけ、と数分前の自分の思考を思い出した。仰々しい花言葉だなと思いつつ、彼女は季節限定のマッシュルームハンバーガーを頬張った。

「んまいじゃん」

 セット価格で1400円もしやがったかいあって、どこぞのチェーン店の薄っぺらいパティの倍ある厚さの肉が口いっぱいに広がる。飲み物をアイスティーにしたのも正解、口の中がさっぱりする。オニオンリングも揚げたてで、柔らかいハンバーガーとカリカリの衣を交互に楽しむとより美味しい。と、ここまでは良かった。バーガーを三口食べたところで違和感にぶち当たった。 

「マッシュルームってこんなんだっけ?」

 食感が良くない。マッシュルームってこんな中途半端に乾いたホタテみたいなボソボソとした食感だっただろうか? こう、もっと、プリッとした、弾力のある歯ごたえだった気がする。スパゲッティソースの中に入ってる薄切りのマッシュルームはそうじゃなかっただろうか。期待しすぎたのが悪かったのかどうか、違和感に囚われた彼女の思考は一瞬でそこまで飛んだ。

 そもそもこのマッシュルームハンバーガー、おしゃれなバーガー屋のメニューだけど、半分に切ったマッシュルームをそのままバンズの間にトッピングしてるのだから、見た目の割にかなり雑なメニューだ。広告で見て、急にマッシュルームにかぶりつきたくなった彼女にとって丁度いいメニューだった。さっきまでは。

「はぁぁぁぁ……」

 彼女は大きなため息をこっそりついて、いつもこうだとバンジージャンプの落下と同じ勢いで落ち込み、バネの反動で飛び上がるがごとく呟き出した。

「買う前に勝手に期待して舞い上がって、いざ手元に置くと『こんなもんか?』と思っちゃうのさ、私が悪いんだけどさ。昨日食べた大きさの割にクリームが少ないシュークリームみたいな。せっかくだから溢れんばかりのクリームにして欲しいのに、ほとんど空気を食べてるようなもの買わせるのも悪いと思うんだよ。88円払って悲しい気持ちさせる天才か? このご時世を生き残るためには仙人にでもなれってこと? そりゃ食べ物に一喜一憂するくらいなら、霞を食べていたほうが幸せかもしれない。いや待って、前言撤回。さすがに霞だけは辛い。きっと霞で一週間生活したあとの78円カップラーメンは天にも昇る旨さだと思うけど、そんなチャレンジはしたくない。そういうのは芸能人とかYouTuberに任せたい。ただでさえ仕事で辛い思いしてるのに、これ以上何をすれば私は救済されるの? そもそも、マッシュルームに救いを求めて来たのに、なんで人生の悲しみを嘆いているの。福音の……あ、そっか、マッシュルームの形が鐘みたいだから福音って花言葉がついたのかな? やるね考えた人。でも、だとしたら今鐘食べちゃったよ。マッシュルームがもそもそする以外はパティもチーズもシチュー味のソースも美味しかったけどさ。満足はしたけど、心に何故か空いてしまったこの穴はどうしたらいいんだろう。福音の鐘が鳴らなかった私の心はオニオンリングだよオニオンリング。オニオンリングはカリカリサクサク美味しいけど、私の心はじっとりベタベタで美味しくないのが最大の差だと思う。冷めたのにまだサクサクするし。オニオンリング頑張ってるじゃん。なのに私ときたらこんなめそめそベタベタしてさ。美味しい物を美味しく食べに来たはずなのにどうしてこうなったんだろう。じゃあ、タマネギの花言葉は何さ。えーと、『不死、永遠』……。今の私にはあまりに壮大で何も思いつかない。この心境が永遠に続くの? それとも私は不死の存在? 昔はミイラの目玉の代わりにタマネギを入れてたって記事も出てきたし。私はゾンビ!? もうオニオンリングないし。永遠じゃなかったのか、タマネギよ。アイスティーも薄くなってるし。はぁ……」

 よくわからないところに思考が飛んでいきそうだったが、溶けた氷でキンと冷えたアイスティーおかげで現実に戻ってきた気がした。

「帰るか……」

 重い足取りで彼女は席を立ち、トレーを片付けた。心はともかく、お腹は満たせたようだ。

 店員の「ありがとうございました」の声と共に、ドアについてる鐘が軽やかに鳴った。


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