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羽根が落ちている

羽根が落ちている あたかも世界の皮膚の上に溜まった 表層的な軽い宣告であるかのように 

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背後に誰も乗らない大型バスがゆっくりと近づいてきている 真夜中の陽射しの強さはメッセージが届いていないことをこちらに伝えている

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影は数多くの湖を飲み込んで巨大なヒメマスの激情を修正液で塗りつぶす

判明しない鉄塔を記憶の無い犀が角を光らせながら倒していく

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白い服を着たアスパラガスが無数に整列している崖の上を 虹が正体不明のままで馬に乗り 駆けていこうとする

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水たまりが非抽象的な模型を接着剤のないままに宇宙に沈めようとしているからあなたの頭は 惑星の裏側の藪で考えあぐねている

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その証拠にアスファルトには羽根が落ちたままで動きだそうとはしない

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言葉が星を裏切るということが本当にあるのだ

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言葉が星を裏切るということが本当にあるのだと分かったから私たちは缶ジュースのプルタブを永遠に引っ張るということはないのだ

何億も帽子を持っている男が小さな野鳥の卵を割ってしまったことを窓ガラスを割ったばかりの子どもが一面の白菜畑に告げ口をするからある公共施設のエスカレーターはたちまちのうちに黄金色になっていくのだ

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それはいくつもの影が集まり夜から夜へと一つずつ金色のブルドーザーを消し潰そうとする欲望の行為である

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現在が炭酸水の中ではじけているから麦わら帽子を一つずつ燃やしていくうちに考えは一つもまとまらないのだ

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靴の中に藁を詰めているうちに体の重さが加速度的に減少していくことを知った私は鉛筆を削りながら芯を尖らせていると原稿用紙の真ん中から蛍光塗料の海が溶け出してくる

駅のアスファルトの底で銀色の平目が三匹も黙っているから丘の上の公園のブランコは少しも動かないままに魚類の影を座らせているので山の向こうにある集落の家には窓がない

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台風が迫ってきている 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶がはっきりと流れている 

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私の心の中には いつも一人の日本兵がいる 脅したり おびえたり 泣いたり わめいたり 民家に土足で上がり込んで 子どもの食べる粥を 横取りしたりしている 星が雲に隠れるまで 敬礼したりしている 

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羽根を拾ってみても何か大きなものが変わるというわけではなくむしろ小さな林檎が木になったままで何も比喩化しようとはしないということが静かな風の吹く中ではっきりとしている

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プラモデルの組み立てに失敗したまま故郷へと戻ってこない叔父は空っぽの瓶の底に5セントのコインを入れたまましていたことが三〇年後に判明したのでそれを取り出して裏返せば男の影が庭から窓を静かに叩く

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電車の天井で蜘蛛の巣が精巧に作られているのに見とれていると車両はしだいに頭の裏へと滑り込んでいくから虫の鋭い六本の足は はるかな葡萄の房にたどり着いている

何回もの彼らの議論は空転したまま 交わされた言葉が はるかな集落の家々の雨戸を 光る滴となって ゆっくりと 滑り落ちていくのだ 彼らの どちらかの 頬の上を

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今宵は たくさんの羽蟻が パソコンやスマホの画面の上を 行ったり来たりしている 何を探している 何を迷っている いや 地の底からの狂った交響曲に 耳をふさごうとしているだけである 蟻ではなかった 文字であった

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一つの銃弾が俺たちの体の中にありそれが孤島のように押し黙ったまま朝日を浴びているから俺たちは涙が流れていたのにこれからは誰しもが銃を磨かなくてはならないのか

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少年の決意が丘で口笛す草に染まりし白球が飛び 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶がはっきりと流れている 

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アブラゼミのぼりし影が電柱に脱け殻ひとつ稲妻黙る 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶が無言で流れている 

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迷うまま小道の先の蜘蛛の足アサガオめぐり蔓と絡まり 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶は永遠に流れている 

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白雲をポケットに入れ太陽へ虫取り網を振り回せば雹 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶が流れている 

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遠雷を耳にせぬまま薔薇の庭の藪に遊ぶクワガタムシよ 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶が流れている 

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地図帳を開けば過ぎる靴の音故郷を遠ざかるのかたくさんの足 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶が流れている 

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黄金の線路を跨ぎたどりつく少年の夢隣町の丘 僕たちの体の血の中に 戦争の記憶が流れている 

星の光と戦死者の遺骨とを集めながら砂漠を歩けば私たちもまた世界の一つの銃弾となって思うがままに引きずられてゆくのだろうか軍靴の底で

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