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つよがり ー初恋ー

これは、松下洸平さんの「つよがり」と「初恋」の2曲から妄想を広げて書いた物語です。
※曲とは一切関係ございません。

太陽が燦々と照っている。
真夏の午後、涼しげな音を鳴らしながら川の水がキラキラと流れている。

「陸斗おじさん!あそぼ。」
甥っ子の駿佑が僕の手をとり走り出した。


「姉貴、疲れたよ。さすが4歳の男の子は元気だね。」
僕は遊び疲れてすっかり寝てしまった駿佑を抱いたまま、姉・莉紗の隣に座った。

「陸斗ね、このくらいですぐ疲れるようじゃいいお父さんになれないよ。」
莉紗は呆れながら言った。
「駿佑が元気すぎるんだよ。さすが姉貴の息子だよ。」
僕はそう言って駿佑を莉紗に渡した。
莉紗は駿佑を愛おしそうに抱いて、突然僕に言った。
「それにしてもね、陸斗が結婚かぁ。あんなに泣き虫だった陸斗がねぇ。」
莉紗を見るとニヤニヤしている。
「姉貴さ、それ言うの何回目?しかも必ず「泣き虫」ってつけるのやめてくれる?こないだ楓の前で「泣き虫だった」って散々言われて、俺めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから。」
これを言うのも、もう5回目くらいだ。

「だって、泣き虫っだったのはほんとの事じゃない。お姉ちゃんね、小さい頃あんたが泣いてた記憶しかないよ。」
それは言い過ぎだ。
「陸斗は一生結婚できないじゃないかって心配してたんだから。楓ちゃんみたいな素敵な女の子と出会えて本当に良かったね。神様に感謝しなさいよ。あんなに可愛くていい子が陸斗を選んでくれたんだから…。」
それは、悔しいけどその通りだ。
「それはそうだけど…。婚約者の前で弟の子どもの頃のかっこ悪い話を延々と繰り返すのはどうかと思うよ。俺あの時ほんとに恥ずかしくて…」
と言いながら、莉紗を見ると明らかに笑いを堪えている。
真面目に話していたというのに、僕はすっかり力が抜けてしまった。

姉貴のそういうところ、昔から全く変わっていないよね。

小さいころから、弟の僕がどんなに真面目なことを話していても、どんなに真剣に悩んでいても、姉貴はまるで面白い話を聞いているかのように笑いを堪えているのだ。

そんな姉貴の顔を見てたら力が抜けてしまう。

でも、それが姉貴の優しさだと僕は知っている。

この間僕の泣き虫エピソードを延々としゃべっていたのも、僕の実家に結婚の挨拶に来た楓が明らかに緊張しているのを感じ取って、緊張を解そうとしたからだろう。

見るからに緊張してた楓も姉貴のおかげでたったの数時間ですっかり実家の家族と打ち解けていた。

泣き虫と言われ続けた僕にとっては、迷惑でしかない話だけど。

そういえば、お義兄さんも姉貴のそういうところが好きって言ってたよな…。



僕に1歳上の姉ができたのは、4歳の時のことだった。

両親が突然女の子を家に連れてきて、「今日から陸斗のお姉ちゃんになる莉紗だよ。姉弟ができて良かったね。」と、今考えたら全く意味の分からないことを言われたことは昨日の事のように鮮明に思い出せる。
一瞬混乱したような記憶があるけど、すぐに受け入れることができたのはまだ幼かったからだろう。

莉紗は、うちに来て1年くらいはよく怖い夢を見て泣きながら目を覚ましていて、そのたびに両親は「莉紗、大丈夫だよ。夢だからね。」と震える姉貴を慰めていた。

ある朝、いつものように朝起きたら莉紗がうなされていて、両親はまだ寝ていたから、「お姉ちゃん、大丈夫だよ。」って言ったら突然キスをされた。
びっくりして、ドキドキして固まる僕を見て、姉貴は泣きながら笑っていた。僕はあの時訳分からなかったけど莉紗に合わせて笑った。
数年経ってあれはどういうことかって聞いたけど、姉貴は全く覚えてなかったうえに、笑い飛ばしてたっけ?僕は大人になっても忘れられないというのに。

姉貴がよく怖い夢を見てうなされていたのは、まだ5歳の時に実の両親を交通事故で目の前で亡くしたからだということを、僕が知ったのは10年以上経ってからだった。

怖い夢を見て怯えて泣く莉紗を見て、「僕がお姉ちゃんを守る。」と、固く心に誓ったはずだったのに、小学生の頃には立場が逆転していた。

僕がいじめられて怪我して泣きながら家に帰ったら、姉貴は大笑いしてたくせに、次の日教室に乗り込んできていじめたクラスメイトを叱ってくれた。

僕は小学校5年生くらいまで何かあればすぐに泣いてたけど、「男なんだから泣くな。」って姉貴からよく𠮟られてたよな。

勉強が全然できなかった僕にいつも勉強を教えてくれたし、運動できないから運動会休むって言ったら面白がって「ビリになるところ見たいから休んじゃダメ」って言ってたけど、毎日走る練習付き合ってくれた。

莉紗は僕の自慢の姉だった。

そして…、僕の初恋の相手だった。


初めてお義兄さんと会ったのは、姉貴が医者になってから2年がたった時だったっけ。

僕より背が高くて、見るからに優しそうだし、医者だし、勝てるところなんてひとつもなかった。

心臓に持病があって、同じ病気の人を救いたいから医者になったという話を聞いて、二人が惹かれあった理由もよく分かった。

姉貴も幼いころの両親の交通事故のトラウマで医者をめざしたのだから。

姉貴の結婚が決まった時、両親は泣いて喜んでいた。

そういえば、姉貴が医学部に行きたいと理由を打ち明けた時も、医学部に受かった時も、医者になった時も両親は同じように泣いていた。

お袋なんて、姉貴が現役で医学部に合格した時、「トンビが鷹を生んだ。」ってご近所さんに自慢しまくってた。実の娘じゃないって忘れてたんだろうな。なんて思いながら僕は涙を堪えていた。

姉貴の結婚が嬉しい気持ちに嘘はない。大人になったというのに姉貴に泣き虫って言われるのも嫌だった。

でも、つよがって涙を堪えた理由はそれだけじゃなかった。


いつだったっけ。親父と吞んでいたら、突然酔っぱらった父が、莉紗の実の父親の話をし始めたことがあった。

「あいつは、勉強がほんとによくできて、全く勉強ができなかったお父さんにいつも教えてくれたんだよ。
将来子供同士を結婚させたいねって言われたけど、医者の娘とただのサラリーマンの息子じゃ釣り合わないだろっつーの。
でも、あいつは優しいのか馬鹿なのか分からないけど、本気でそう言ってるんだよ。
莉紗があいつに似て本当に良かった。
立派に育てたよ、お前と同じ医者になったよって天国のあいつに胸張って言うことができるよ。」

そうだよな。血が繋がっていないとはいえ、姉弟という運命を憎んだこともあった。でも姉弟じゃなかったとしても釣り合うわけなんてない。

僕は自分にそう言い聞かせ、納得した。


姉貴と駿佑と3人でお義兄さんのお墓へ行く。

お義兄さん、僕は弟として、そして叔父としてしっかり姉貴と駿佑のこと守るから安心して。

今の僕の心に嘘は全くない。

「駿佑、お義兄さんに似てきたんじゃない?」

帰り道、再び寝てしまった駿佑を見て僕は言った。

「昔からパパ似だったけど、さらに似てきたよね。」

姉貴は愛おしそうに呟く。

「お義兄さんはママ似って言ってたよ。」

「え?いつそう言ってた?」

「え、知らなかったの。俺、お義兄さんから駿佑はママ似って3回くらい言われたことあるよ。」

「あなた達そんなこと話してたの?初めて知った。」


莉紗はびっくりしたように言う。

「あ、お義兄さんから俺がこう言ったこと莉紗には内緒ねって言われてたんだった。言っちゃった…。」

「なんだそれ。」

莉紗は、少しだけ笑いながら、でも寂しそうに呟いた。

「多分許してくれるよ。お義兄さん優しいから。」

「そうね。」
西陽が強く差し込み、歩く僕らを明るく照らした。


読んでくださり、ありがとうございます。
松下洸平さんのメジャーデビュー曲、「つよがり」を何度も聴いているうちに思い浮かんだ物語ですが、書いているうちに「初恋」の好きなフレーズをどうしても入れたくなってしまい…当初の予定を少し変更して、2曲から発想を得た物語を作りました。

ps
洸平さん、再メジャーデビューおめでとうございます。つよがり大好きです。毎日聴いてます。

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