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遅れてきたGS 4

4.1965年(昭和39年)4月11日~ 明 @金沢

由美に手を引かれて走りながら、明は恍惚とした表情を浮かべていた。
以前、隠密剣士の大瀬康一演ずる新太郎が悪者に捕えられ、「縄目の恥」を受けているシーンを観たことがある。
その時、明は「いいなあ。自分もあんな風に悪者に捕まってみたいなあ」という気持ちになったのを思い出した。
どうせなら、さっき由美が自分を助け出す際に、刀で縄目をぷっつり切ってくれたら、もっと良かったのになあ。
「もう、大丈夫でござる。悪者は拙者が退治いたしました」
由美が得意気に微笑んだ。
「ヒロ君、大丈夫かな?たんこぶとか出来ていないかな?」
途端に、泣いて帰ってしまった博臣のことが気になってきた。
「大丈夫だよ。こんな柔らかい刀なんだよ」
ポンポンと由美は刀で自分の頭を叩いてみせる。
「ヒロ君は泣き虫だよ。男のくせに!」
「でも、ヒロ君、やさしいよ」
明の弁護もむなしく由美の語気は荒いままだ。
「ヒロ君ちに行くの、もういやだ。どうせ、おばちゃんから怒られる。……ねえ、このまま帰っちゃおうよ」
「駄目だよ。せっかくお呼ばれしたのに、お礼も言わないで帰っちゃうのは。ちゃんとありがとう、さようならってご挨拶しなきゃ」
「ふ~ん、アキはいい子なんだね」
途端に明は不機嫌になる。いい子だとか可愛いとか言われてもちっとも嬉しくない。
「じゃあさ、グリコで帰ろ!」
気を取り直したように由美が提案する。
「ジャンケンポン!」
「あいこでしょ!」
二人とも「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」で勝ちたいのでチョキのあいこが続く。
ここからが思案のしどころだ。
「グ・リ・コ」では、3歩しか進めないけど、いっそ、グーを出すべきか?
それとも、裏をかいて敢えてパーを出してみるか?
迷った挙句、明がグーを出すと、由美はパーを出した。
「ヘヘ、……パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」
由美は勝ち誇ったように6歩、歩みを進める。
「由美ちゃん、後出し、ずるいよ」
明が抗議しても由美はアカンベーをして意に介さない。
そうこうしているうちに、母親に手を引かれて博臣がやって来た。
明が率先して謝る。
「ごめんね。ヒロ君、痛かった?」
促されて由美も謝る。
「ヒロ君、ごめんなさい」
険しい顔をしていた博臣の母親の顔も次第に緩んでくる。
「じゃあ、仲直りに指切りげんまんね。もう喧嘩したら駄目やぞ」
「指切りげんまん♪うそついたら針千本、飲~ます♪指きった♪」
由美と博臣が指切りするのを、明はニコニコと見守っていた。
「今日はありがとうございました!」
二人揃って挨拶すると、
「二人ともえらいね!はい、ご褒美のお土産!二人で分けてね」
博臣の母親がくれたのは、明治のマーブルチョコレートだった。
「うわあ、マーブルチョコだ!おばちゃん、ありがとう!」
「バイバイ」
博臣に手を振って、由美と明は帰途につく。
「由美ちゃん、どうぞ!」
明はもらったばかりのマーブルチョコを由美に差し出した。
母親から、いつも「なんでも女の子優先にしなさい」と教えられているのだった。
「ありがとう!」
スポンと音を立ててふたを開けると、由美は筒を咥えたまま、豪快に口の中にチョコの粒を流し込んだ。

そんな由美の食べっぷりを、明は目を丸くして見ていた。
満足した由美が口をモゴモゴさせながら、「ハイ!」と明にチョコの筒を手渡す。
明の食べ方は由美とは全然違う。
まず、筒の中を見ながら慎重に一粒取り出す。
黄色が出て来た場合は、そのまま食べる。
しかし、他の色が出て来たら、いったんチョコを戻し、福引をするようにジャラジャラ振って、黄色が出るまでトライする。
口いっぱいに頬張ったチョコを、ようやく咀嚼した由美があきれて
「どの色も味は一緒だよ」
と身も蓋もないことを言う。
「あっ、シール!……欲しい?」
おまけのアトムのシールを見つけた。……でも、女の子、『ゆーせん』なんだ。
「そんなの、いらないよ。アキにあげる」
由美はそう言って、左手を腰に当てたまま、再び、筒を咥えながら上を向く。
「やった!アトムのシール!」
明はアトムが大好きで、シャンプ―する時には、いつもアトムと同じ髪型にしている。
「早くおうちに帰ろう!」
由美と別れ、駈け出す。
家に帰ると郵便受けに手をつっこんで鍵を探した。
「あった、あった!」
家に入ると、まず手洗いとうがいをする。
もらったばかりのアトムのシールを冷蔵庫に貼ろうとしたところ、既にたくさん貼ってあるので、なかなか貼るスペースがみつからない。
色々と試してみて、ようやく貼ることに成功した。
満足して冷蔵庫を眺める。
「シールを貼るのは冷蔵庫だけ!壁に貼っては駄目!」と母親からきつく言われているのだ。
「もう、貼るところないなあ。次からどうしようかなあ」
ちょっと悩んでみたものの、「まっ、いいか!」と椅子を水屋(茶だんす)の所に引っ張って行って、その上によじ登る。
上の棚に手を伸ばし、ドロップの缶を探り当てる。

「あんまり食べたらあかんよ」
と母親から言われているけど、まあ、一つくらいならいいだろう。
黄色があるといいなあ。
缶の中をほじくって探し、ようやく黄色をみつける。
「やっぱり黄色が、一番おいしい!」
次に、お絵かきをしようと思いつき、広告紙の束から裏が白い紙を探してくる。
買ってもらったクレヨンをもってきて、ちゃぶ台の上で黄色を使って塗り始める。
「ぼくのクレヨン 十二色♪おひさまは赤 そらは青♪チューリップ 黄色♪」
と歌いながら描いたのは、黄色いレモンだった。
「おひさまは赤じゃないし、チューリップも黄色じゃなくて赤で描きたいな」
明はそう思っている。
「今度、本物のレモン食べてみたいな」
黄色のお菓子を食べては、本当のレモンの味を想像しているのだ。

お絵かきに飽きると、今度は「お歌タイム」だった。
レコードプレーヤーにソノシートをのせる。
まずは、「狼少年ケン」。

「ワーオ ワーオ ワオー♪ボバンバ バンボン♪ブン ボバンバババ♪」イントロを一緒に口ずさむ。
何とかという少年合唱団の子が歌っていると母親が教えてくれた。
「いいなあ、少年合唱団!アキも合唱団に入って、みんなの前で歌いたい!」

母親が仕事から帰ってくるまで、明の「お歌タイム」は続く。
二曲目は、「伊賀の影丸」。

「伊賀の影丸」は、テレビまんが(当時、アニメのことをこう言っていた)にはなっていない。

でも、明は「伊賀の影丸」と、テレビまんがの「鉄人28号」を描いた人が同じ人だろうと思っていた。
「影丸と『鉄人28号』の正太郎君は、顔がそっくりだもんね」
大好きな正太郎君とよく似た影丸のことも一目で好きになり、ソノシートを母親にねだって買ってもらったのだった。
今でいうところの「ジャケ買い」である。
「マンガも見ていないのに、レコード欲しがるなんておかしな子ね」
そう言いつつも、母親は影丸が宙を飛んでいるジャケットのソノシートを買ってくれた。
明が「伊賀の影丸」の主題歌を歌うと、友達は「何、その歌?」と必ず聞いてきた。
テレビまんがで放映されていないのだから、分からなくても仕方がない。ソノシートに収録されていた主題歌は、テレビ版人形劇のものだったり、松方弘樹主演の実写版映画のものだったりした。
1964年の6月から、テレビ放映が始まった「少年忍者 風のフジ丸」の番組は、友達と一緒によく見た。

番組のラストの、タレントの本間千代子が忍者の末裔に忍術の指南をしてもらう実写版のミニコーナー「忍術千一夜」も喜んで見ていた。
「この忍術遊びは真似してはいけませんよ」と説明を受けた司会役の本間千代子が、
「この番組をご覧になっている方は大丈夫だと思いますわ」
と確約するのだが、明たちは翌日、早速、その忍術遊びに精を出すのだった。

明のテレビまんがの主題歌好きは、その後もしばらく続いた。
特に、1965年から始まった「宇宙少年ソラン」を始め、宇宙少年ものにも夢中になった。

「宇宙少年ソラン」

「宇宙エース」

「スーパージェッター」

「宇宙人ピピ」

「遊星少年パピイ」

友達はみんな、主人公に夢中だったが、明は「宇宙少年ソラン」の「宇宙リスのチャッピー」や、「宇宙エース」の「アサリ」、「スーパージェッター」の新聞社のカメラマンの「水島かおる」などのサブキャラクターの方が好きだった。

「エイトマン」まで「一人リサイタル」を続けていたところ、流石にちょっと疲れて、またサクマのドロップスに手を出してしまった。
「やった!レモン味だ!」
その代わり、白のハッカ味が出るとガッカリする。子どもの口には辛すぎるのだ。

同じハッカ味でも、シガーチョコレートは口に咥えていると煙草を吸っているみたいで、カッコよくて好きだった。

母親はまだ帰って来ない。
誕生日だと言うのに、明の一人遊びはまだまだ終わらない。
                                   (続く)

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