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誕生日とロックダウン宣言

日本より4時間早い世界線で、Twitterのプロフィール画面に風船が飛んだのを確認してから寝た。

娘のキスの重みで目を覚まし、枕元を探って携帯を手に取る。「お誕生日おめでとう」のメッセージが海の向こうから届いていて、途端にうれしくなる寝起き。

3月23日、36歳の誕生日は眠い目をこすりながら早番の夫を見送り、コーヒーを淹れて、かわらぬ日常がスタートした。

誕生日を熱烈に祝ってくれる娘が、数日前に「見ちゃダメよ」と作ってくれたバースデーカードをもらう。

『誕生日にやることリスト』と題された下には、ダンス、歌う、カップケーキの文字。

ならばカップケーキを買おうかなと、娘を学校に送り届けたあと街に向かう。

黒い床のカフェに足を踏み入れると、お客さんがいない。2日前の土曜日に、ニュージーランドではコロナ対策のアラートスキームが宣言されたばかり。『コミュニティ内での感染者』が出たレベル2では、70歳以上は外出禁止で国内旅行等の移動は自粛。外に出る人が減るのは、無理もない。

カップケーキがなかったので、ジンジャーブレットクッキーと、いつも名前を忘れてしまうポロポロ崩れるクッキーを買う。誕生日だからと理由をつけて、コーヒーを飲み、ついでに雑貨屋で花瓶を購入。週明けで冷蔵庫がスカスカなのでスーパーを回って帰る。


Twitterに届くおめでとうのメッセージに、ほくほくしながら返信する。あとは仕事をして。ここまでは、ただ嬉しいだけの誕生日。

流れがかわったのは、お昼を過ぎたころ。このところ、毎日昼過ぎにMinistry of Health NZ(厚生労働省)が会見でコロナ感染者の数を発表している。この日、66件から一気に増えて102件。続けざまに、「この後首相会見」のテロップ。

ロックダウンの発表かなと思って聞いていたら、やはりロックダウンだった。

アラートスキーム発表から2日で全国のレベルは3へクラスアップ。そこから48時間以内にロックダウンのレベル4へ。学校は基本的に明日から休み。スーパーや薬局等をのぞくエッセンシャルサービス以外のビジネスは、いますぐ閉めること。

ここで仕事中の夫から着信。飲食店勤務なので、スタッフ全員で会見を見ていたという。さっそく閉店の準備をしているとか。ロックダウンは少なくとも4週間。

車のキーをとって、2日後に開いているか言及のなかったホームセンターへ向かう。ガーデニング用の手袋と、窓用のモップを購入。家にこもる間、やることが必要だ。子どものオモチャから食料品までなんでも売っているWarehouseでシールとイースター用のチョコレートを買う。

去年は、庭にチョコレートを隠してイースターエッグハントしたのにな。今年は、お友達とはできないけれど。

お店の出入り口付近で、花束が売られているのを見て、自分の誕生日だということを思い出す。会見から1時間も経っていない街中は、まだロックダウンの足音が響いてこない。明日には、ぜんぶ捨てられてしまう花たち。

ひとつ買って家に帰る。誕生日だから、テーブルに花を飾ろう。

「4週間のホリデーだよ!」と娘が笑顔で帰ってきて、とてもホッとする。ご機嫌なまま、『やることリスト』のダンスと歌を披露してくれた。最高。


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大枠だけ決めて、走りながら細部を調整するニュージーランドらしく、次々にロックダウンに関する情報が出てくる。5.1ビリオンだった従業員給与補助の枠が9.3ビリオンに拡大された。外出禁止期間に開くお店の種類は、これから詳細を決めるらしい。

キッチンの窓から眺める空は、いつだって静かにゆっくり流れるのに。国が経験したことない事態を最小限のダメージで迎え入れようとするスピードに、ちょっと目が回る。

夫の店であまったパイやクッキーは、福祉系の団体に寄付したらしい。社会のなかには、それぞれの場所で、できることを動いている人たちがいる。

私の持ち場はここ、と思って、ぐっすり眠る娘の隣に潜り込む。目をつむる。

そんな、36歳のはじまり。




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