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知る未来で変わる僕、それとも変わらない未来を選ぶ僕 最終章【roman】

温かい手で僕は頭を撫でられていた。ゆっくり目を開けると、懐かしいアサの顔がそこにあった。

「お寝坊さん、今日が何の日か分かってる?」 
彼女は、ここ最近1番気に入っているブルーのシャツを着ている。

ぼんやり目と頭が冴えてきた。
これは覚えてる。
アサの誕生日の朝だ。

気が付いた僕は跳ね起きた。
アサがいる。
僕は無意識にアサに飛びついていた。
どうしたの?とケラケラ笑いながらアサは僕を抱きしめてくれた。

そうだよ、これなんだ。
僕が欲しかったものを僕は取り戻した。

しばらく、僕は過去に戻ってアサとの生活を楽しんでいた。あんなに愛おしくても届かなかった彼女が今、自分の腕で眠っているなんて。
沢山想像はしたけれど、どれも現実味は無く空虚でしかなかった事が現実に起きている。
僕はただそれにむしゃぶりついて過ごした。

アサとのちょっとしたズレやすれ違いも既に経験していたからか、2回目は怖いくらいに何も無かった。
僕は本当に自分でも褒めていいくらいに 自分の2回目の人生を上手に立ち回っていた。
アサと過ごす時間も4年、5年と過ぎた時に僕らは婚約した。
ヒゲ社長もタミももちろんお互いの家族は大騒ぎで喜んでくれた。自分が望んだ人生を生きる事が出来るなんて、こんなに幸せなんだと思っていた。
アサと共に僕はしっかり歩いていた。
初めは感動の毎日だったが、正直、これがやり直しの人生だなんて意識する事も年々少なくなっていた、そんな時だった。

仕事が立て込んでしまって、珍しく僕とタミはオフィスに残って仕事をしていた。
タミが、
「ちょっと疲れたよね。コーヒーでも淹れようか」と言ってくれた。
2人で熱々のコーヒーをふぅふぅ言いながら飲んでいると、ぽつりとタミが言った。
「もう2人で飲んだりするのは控えた方がいいね」

僕はえっ?と意味が分からずタミを見た。
タミは気不味そうにコーヒーカップをそっと机に置くと僕をまっすぐ見た。
「君は結婚するんだ、大切なアサとね。私もアサの事は大好きだよ。いい子じゃないか。君たちは誰が見たってお似合いだよ。でもね、私がいくら男勝りで、君より7つ以上歳が上で、身体だって君より遥かに大きいとしても女なんだ。2人きりで飲みに行くっていうのは、もうやめた方がいいんじゃないかと思うんだ」

僕は慌てて
「タミ、君は僕をずっと仕事や色んな事でサポートしてくれて来た仲間であり、友人じゃないか。そんな男だの女だのって眼鏡で見た事はないよ」と言った。

タミはふふふっと笑って、君らしいよと言った。「でもね、みんながみんな君の様な考えじゃないってことなんだよ」

でもと言いかけた僕をタミは静止して続けた。

「とにかく君の幸せを願っているんだよ。君がアサをどれだけ大切にしているのか良く知っているからね。その邪魔になりたくないのさ。まぁ飲みに行く機会が減ってビールが減れば、この立派なお腹も少しはセクシーになってくれるのかもしれないしね」
そういってタミはお手洗いにでも行くかなと事務所を出ていった。

僕は正直納得がいかなかった。
タミは今までもずっと僕の近くにいて一番話を聞いてくれた存在なんだ。
それが結婚という大きなイベントであっても失われる必要があるのかい?
僕は少しのイライラを感じながら、マグカップを持ったまま、うろうろしていると、ついタミの机にぶつかってしまってしまったんだ。
しかも運悪くタミのバックを床にぶちまけてしまった。

その時の僕は、ミントン通りに行った僕と同じだったのかもしれない。化粧ポーチやら拾いながら、ついタミの携帯を見てしまったんだ。
そこにはアサからの大量のテキストメッセージがあったよ。

「金曜日の夜は彼と一緒だって本当?タミ、彼は私の婚約者なの」

「タミ、彼のあのネクタイを選んだって本当?今度の打ち合わせは彼にとって重要なの。少しセンスがね。彼の顔にはもう少し明るい色が似合うのよ」

「いつも夕食の時にはあなたの話が出るの。正直うんざりしちゃうわ」

「タミ、いい加減に食生活を見直して鏡を見るといいわ。女性としての美しさって何かを自分の身体と向き合うべきよ」

「タミ、今度の週末は二人きりで出かけたいの。申し訳ないけど彼が誘っても断って頂戴。お願いね」

それは数分もなかったと思う。落ちたものを拾い上げ、バックを机に置いた。
僕は戻ってきたタミとそつなく話をして、帰路に就いた。
その足はすさまじいほどにノロノロだったよ。玄関の前についてもベルを鳴らすかどうか僕は長い事ぼんやりと突っ立っていたと思う。
いきなりドアが開いて、
「もうどうしたの?びっくりするじゃない!気が付いたらドアにぼんやりと人影があるのよ。一体どうしちゃったの?」
アサは今朝と同じように僕の腕に絡みつきキスをねだった。僕はロボットにでもなったかのように彼女にキスをして望まれるがままに抱きしめた。

その夜はほとんど記憶がない。アサが結婚式のドレスや招待状をどれにするのか、あれやこれやとはなしをしていたが、どれも頭に入っては来なかった。
夜アサが僕を求めてきても同じだった。アサの欲しいもの、好きな場所は知っている。僕は機械的にアサの要求に応じただけだ。それでもアサは満足し高揚した顔で僕にキスし、横になった。

アサの寝息が聞こえてから僕はそっとベットから抜け出た。キッチンに行ってコーヒーを淹れるとミルクと砂糖たっぷりの甘いコーヒーを作った。その味に懐かしい記憶がよみがえる。
そうだ。この時空の歪みの原因になった、あの田舎への出張だった。

ハッとして戸棚の奥に隠してある手帳を開いた。これは1回目の僕の人生手帳。間違いない。 
僕は明後日にあるクライアントからライズの事を聞き、紹介してもらうんだ。それから7日後、ライズとの交渉であの田舎へと行くんだ。

僕が過去に戻ってちょうど6年になる。

それから2日後、僕はライズとの事をヒゲ社長に申し出た。
「彼は田舎ですが、かなりの人脈を持っています。しかもその田舎町は新しい産業として都市部から大きな研究所などを積極的に誘致しています。そのカギを握るのは土地の有権者とも親交の深いライズだと思われます。この商談は後々から大きな意味を持つのは間違いありません。よろしければ、出張は僕一人でなく、タミも同行して頂けないでしょうか」

初めは、ヒゲ社長もタミも僕の申出に驚いていたようだったが、僕がまとめ上げたライズと言う人物の人脈や期待される今度の展開などを見て納得したようだった。
問題はアサだ。どうして1人じゃないの?なぜタミが同行するの?口を開けば不平のアサに僕は辟易しながらも、外では笑顔と平静を装った。

「アサ、これは仕事なんだよ。しかも大きい仕事なんだ。田舎だからってバカにしちゃいけない。人のうわさや紹介で広がっている仕事は大切なんだよ。それに君はタミを良く知っているじゃないか。タミは僕の大先輩なんだよ。僕1人で行くより、明らかにいい結果が望める。これは会社の為でもあり、僕の昇進にもかかわるんだよ」

僕の言葉に、アサは明らかにしぶしぶと嫌々そうに頷いた。

その日の朝、僕は黒のスーツを選んだ。アサはグレーを持ってきたが、僕は頑として黒を着た。

そしてタミと一緒にライズに会い、あの夜と同じように余計なビールを飲んだ。
違う事と言えば、余計なビールは1杯じゃなく2杯だったって事だ。
ライズとは前回よりタミのおかげで、かなり好条件で契約が取れた。しかも次のアテまで紹介してくれたんだ。

そして案の定、僕らは帰りの電車を逃した。
タミは困ったもんだよと言いながらヒゲ社長に事の経緯を電話をしていた。
僕は駅を背にタミを見ていた。
その向こうからカツカツと響く足音が聞こえ、男女が構内に入っていくのが見えた。

僕は複雑な気持ちで見ていた。
6年前、僕は彼らの話を聞いたんだ。
木の痛みを背中に感じながらね。
それから今がある。
みんなは6年だろうが、僕は12年も生きてきた。

タミが僕に近づいて、ヒゲ社長には連絡がついたよと話した。
「アサに連絡した方が良いよ、無駄な心配はさせない方が良いからね」と言った。
僕はタミの言うようにアサに連絡をした。
まぁ、想像した通りキーキー声ばかりだったけどね。

僕はタミと少し歩きながら、最後の力でチカチカとネオンの光る安宿を指差した。
「今日はあそこに泊まろう。駅も近いし、明日の朝イチの電車で帰れるよ」
タミも疲れていたのか、素直にそれが良いねと、即決した。


やっぱり
フロントの爺さんはズリ落ちそうなメガネを
掛け直しもせずちんまりと座っていた。
4人部屋なら空いてるよと言う爺さんに
「出来るなら個室が良いんだけどね」
僕がそう言うと、爺さんはメガネの上から
ジロリと僕を見て
「おたくら、仕事か何かかい?」と言いながら紙とペンを出した。
僕らは住所と名前を書きながら頷いた。
「ここらは都会と違ってね、電車の終わりも早いんだ。貴方の様な都会の人が田舎を知らずに
夜に困り顔でやってくるのも珍しく無いからね」
爺さんは僕のクレジットカードをスライドさせて、領収書を出した。
28ドル。

個室も4人部屋も同じ値段な事に僕は吹き出しそうになったが、ぐっと我慢した。
まぁ、あってないような値段だろうな。

僕はサインしながら、学生時代の旅行を思い出すよと言うと
「あぁ、そんなもんだね」と2号室と書かれた鍵をくれた。
タミは隣の1号室。
「長い方が部屋の鍵で短い方はロッカー。服やら鞄やら入れると良い」

タミは部屋に入る前に
「明日はフロント前に7時だからね、遅れないように気をつけてくれよね」と言い、おやすみと言いながらドアを閉めた。

僕はしばらくタミが閉めたドアを見つめていたが、ロビーに例の脳外科医が来たのを見て慌ててドアを閉めた。
ボソボソとやり取りが聞こえて、足音が近づいてくると3号室のドアが開いて閉まる音がした。

僕は6年前、彼に出会って人生を変えた。
それは凄く素敵なものだったんだ。
自分の望んだ人生を生きるのは未来永劫、変わらず素敵なままだと信じていたんだ。
でもそれは何か違ったんだ。
見たい事も見れたし、やりたい事もやれたけど、見たくない事や知りたくなかった事もあった。 やり直した6年は正しかったんだろうか。
あれほど懇願したアサとの未来が、だんだん鉛色になっていくのが自分でも分かるんだ。

僕は喉の渇きと少しの空腹に、フロントへと向かった。
爺さんはメガネの上からギョロリと僕を見て、
「コーヒーでも飲むかい」と言った。
チャンククッキーを2枚買った僕は、有難いと言って、爺さんが注いでくれるコーヒーを待った。
ほら、と出されたトレーを受け取ると、多めの砂糖とミルクが置いてある。
チャンククッキーと一緒にしては甘いなと思った僕に爺さんは言った。

「また戻ってくるなんて、珍しい人もいたもんだ」

僕は危うくトレーからクッキーから全てを落とすところだった。
声も出ない僕に爺さんは低く笑いながら
「まぁ、私もお前さんと同じなのさ」と言った。

「私の記憶ならお前さんは、甘いコーヒーだったな」

「あなたも時空の歪みに?」小声で聞く僕に爺さんは笑いながら頷いた。
「過去に戻って、沢山の事に気が付いたよ。結局全てあの時の自分は足りていたんだ。欠けていたのは冷静さだったのかも知れんな」
僕は爺さんの話を聞きながら、自分も酷く後悔している事に気がついた。

僕はアサがいる毎日に戻りたかったはずなのに
気が付けばいつも常にタミに語りかけていた。
それはアサじゃなかった。
それはどうしてだろう。
僕は何か大切な事を履き違えていたのか。

「ほら、コーヒーが冷めちまうぞ」
爺さんの声で、ハッとする。
気がつくと、トレーには2つのカップにコーヒーが注いである。

僕は礼を言うと、1号室のドアをノックした。
「はぁい」と声がして、ガチャリとロックが外される。
僕はトレーを差し出してタミに笑顔で言った。

「タミ、君に僕の6年間を聞いて欲しいんだ」


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