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ゲームの世界と集合的無意識

オリンピック。日本勢大活躍ですね。コロナ禍での開催。賛否両論、ひきこもごも色々とあると思いますが、そこはさておき。

開会式の入場行進で使われた、ゲーム音楽が注目を浴びましたね。もちろん、日本の文化としてアニメやゲームが世界中に広がっている事が、大きな要因だと思いますし、あの曲にのせて、世界各国の強者が入場してくる光景は、やはり心が躍りました。
なぜ、こんなに、ゲームの世界感が、人々に受け入れられるのか???
様々な要因があるのだと思いますが、心理を学ぶ者としてこんな視点はいかがかな?と。
本日は、ゲームの世界と『集合的無意識』について。です。

ユングは潜在意識の、深い部分に、人類共通の意識(無意識)が存在している。という説をたてています。
ロールプレイングゲームの中に存在する勇者と呼ばれる主人公。そして、主人公を勇者に育てる道をとく、賢者や預言者。主人公たちの心のオアシスである女神(母なる大地)。旅をともにする、道化師 ペルソナ、闇の存在(心の闇を持つ自分自身)。
形は違えど、ゲームの世界には、似たようなものが登場していることが多いです。
しかも、これはゲームだけの話しだけではありません。たくさんの国の神話や物語の中に、この類いの話しが存在しているのです。
これ。よーく考えると不思議ですよね。
全く異なる文化圏で、似たような思考思想が存在していることですから。

ユングはこれを、アーキタイプ(元型)とよんでいます。私たち、一人ひとりの潜在意識にアーキタイプが存在し、この類似を好む?類似の中にいるように設計されている。という事なんです。
だから、ロールプレイングゲームにみんなハマっちゃうというお話です。

ユングの元型は、まさしくスピリチュアルの世界。混沌の無意識の中に、元型が本当に存在しているのかを証明するのは無理なことかもしれませんが、オリンピックで、世界の人々が競う姿を見ながら興奮している自分には、確かにアーキタイプが存在しているし、こういう、集団の無意識や熱量は確かに感じるなぁと。
オリンピックをみながら、そんな事を考えている今日この頃です。

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