見出し画像

消えゆく

悲しくて懐かしい、そんな景色だった。

眩しいほどの日差しが水面を照らし、キラキラと音がするほどに煌めいている。視線の先には水平線が広がる。僕は「これはどこの海なの?」と聞くと、彼女は「これは湖よ」と言った。それは当然のことだった。僕たちがいるのは埼玉県の外れ、たぶん秩父の方だ。自分の馬鹿げた問いかけに、おかしくなって大笑いして、彼女も笑った。すると大粒の涙が流れてきた。そもそも埼玉県に水平線が広がるほど大きな湖なんてないのだ。美しい湖を見て、僕がいるこの場所は夢なんだと悟った。

あいみょんの『空の青さを知る人よ』。しきりにその曲が頭を流れた。その湖を後にした僕らはその街を練り歩いた。木漏れ日が心地良い森の中。大木が横たわり、そこで一休みをした。次はバッティングセンター。元野球部の僕は自慢の打棒を披露した。後ろには、いつしか最愛のガールフレンドが来ており、それまで一緒にいたはずの悲しくて懐かしい誰かは消えていた。

『空の青さを知る人よ』は時空を超えたラブロマンス作品。観たのは1年以上も前だ。あそこにいたのは誰だったんだろう。僕は彼女と歩きながら、誰かに思いを馳せていた。消えゆく消えゆく。いつのまにか、舞台は東京の雑多な街並みへと変化していた。彼女は僕の腕を強く引っ張る。まるで夢から僕を救い出そうとするような、そんな有無を言わさぬ力を右腕に感じていた。

僕はいつもの布団の上にいた。目には涙が、何に泣いていたのか、分からなかった。ただ、悲しくて懐かしい、そして怖い夢だ。そこにいるだけで幸せな、天国のような空間だった。

時刻を確認しようとスマホを付けると、彼女から数件のメッセージが入っていた。いつも通りのあいさつと昨夜の電話の感謝が並んでいるのを見て、これは夢ではない、間違いなく現実だ、と安心する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?