ガスの点検で怖い目にあった話

虫垂炎により長らく床に伏せた後、私は己の体調を見定める為、自室で一人激しくジンギスカンを踊っていた。

小さく口でリズムを取り、サビの
「エーマチャホーマチャッ エレェマッチャ
 ドォーシテ」
のエーマチャホーマチャッの件りで概ね死にそうになったところで、部屋の前を横切るガスの点検に来た青年と私の目が合った。

西日に照らされた殺風景な部屋で上下肌色のヒートテックと股引き姿の者が、ウーハーなどと呟き鬼気迫る顔で一心不乱に汗を流す様は、人生を誠実に生きる過程に出来れば視界に入れたくはない光景だろう。
互いに停止し見つめ合う気まずい時間を断ち切る為に「あぁ!申し訳ない」と伝え襖を閉めようと私は足早に駆け寄った。
しかし現実は私の想像とはかけ離れ、青年は目が合ったが故に、「アァァァァ!」と奇声を発し真顔で直進してくる不気味な猿人類を網膜に焼き付ける事となった。

もはや奇行種と言っても過言ではない。
その様がよほど恐ろしかったのか、青年の方も共に訪れた一階にいる業者の先輩に向かい
「先輩っ!!」
と、叫び一階へ降りて行った。

青年を止めようと階段の踊り場まで追ったが、先程のジンギスカンによるダメージが腰に走り動けなくなった。
下から両親の
「あぁ、それは多分うちの者です」
という声が聞こえた。
応答が妙に手慣れているのも不気味である。
青年の頭の中で「うちの者」の変換が間に合わず「ウチノモノ」というその家系に纏わる怪異と化していないかが心配になった。
そもそも「多分」も何も「うちの者」でなければ何者かが侵入し踊り狂う奇怪な現場となるが、よく考えれば我が子が一人死にそうな顔をして踊り狂っているという事実もなかなかに恐ろしいものであると脳裏をかすめた。
しかし、深く考えることは身体に障るのでやめた。

踊っていただけであると謝罪を言いにいきたいところであったが、私の腰が階段を降りる事を拒否した。
もはや部屋に引っ込む事が青年への一番の謝罪であり、彼の精神の平穏に繋がるだろうと思ったが、二階にもガスの元栓がある為、一同がこちらへ向かってきた。

来ちゃダメ……
と、私は心の中で呟いた。
しかし、願い空しく全員登ってきた。

皆が階段を登ったその先には、琥珀色の陽の光に半身を照らされる、二足で直立するオラウータンの基本姿勢保ち微笑みを浮かべた猿人類が佇んでいた。
手を揃えていたので、妙に畏まった猿人類だなと思われた事だろう。
さも「ようこそ」と縄張りに入る者を歓迎しているかのような佇まいであったという。
愛想を良くしようと微笑んで待ち構えた事が、皆が階段に登りきる前から笑顔が保たれていた事を物語り大変不気味であった。

経験豊富である業者の青年の先輩ですら、瞳を見開き動きを止めていた。
先に進むには避けては通れぬ迷惑なイベント戦のような出会いであった。
倒した経験値で金銭が入手できる世の中ならば問答無用でボコボコにされていた事だろう。
現実世界のシステムに感謝してもしきれぬ思いである。

居た堪れなくなった私は、笑顔を保ち視線を繋げたまま徐々に横移動し、自室へと己の姿を消した。
野生の猿に相対した時の回避と類似している。
姿を消す所作さえも非常に不気味であったという。

しかし、私の部屋にもガスの元栓があった為、結局彼らはオラウータンの基本姿勢の私に見守られるまま作業を行う事となった。


【追記】
念の為ツリーにジンギスカン(オリジナル)を貼っておくが、パッケージが貼られておりそこのコメントに
「クレヨンしんちゃんの敵みたいなのがいっぱいいる」
と、書き記されており、大変呼吸に苦労する思いをさせられた。

ジンギスカン


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