目を離した隙に迷子になった子供の末路の話

子供と接する事が多いので、困った時の為ににスマホにアンパンマンのオープニング曲「アンパンマンのマーチ」を入れていた。

ある日、親とはぐれた三歳くらいの男の子が泣きそうな顔で街中を歩いていた。
声をかけた瞬間、男の子は堰を切ったように泣き出した。
交番へ連れて行きたくとも泣き続け動かず、私が無理やり連れ去ろうとしている様に見えなくもない事態に、心配した通りすがりのおじさんも「迷子?」と寄ってきてくれた。
しかし、おじさんはガタイが良く迫力溢れるタイプだった為、男の子は更に泣き出した。
このままでは心優しきおじさんの心と、私の犯罪のない経歴が限界を迎えると思い、アンパンマンに頼る事にした。

「歌が流れるよ、皆んなのヒーローの歌だよ、何かな」

などと期待を高めさせてから再生ボタンを押した。

しかしタップがズレたのか、アンパンマンのマーチではなく、機動戦士ガンダムのエンディング「永遠にアムロ」が流れ出した。

※知らぬ人用に添付https://youtu.be/X7YyQ6Kpu0s

顔をもぎ取ったら最終回になる方のヒーローが出てきてしまった。
アンパンマンのマーチとは似ても似つかぬ雰囲気の呼び掛けるような歌い出しは、男の子だけではなく、心優しきおじさんの時までも止めた。

私たち3人の間に、気まずい沈黙が訪れた。
男の子の涙など、とうの昔に引っ込んだ。
スマホを囲み、皆 心なしか神妙な面持ちをしている。
永遠にアムロだけが我々の間を独特の雰囲気を漂わせながら流れていた。

そんな我々を嘲笑うかのように、自転車で走行していた見知らぬオヤジが

「アムロ〜振り向くなアムロ〜」

と、歌いながら颯爽と通り過ぎていった。

今更アンパンマンのマーチを流したとしても、もうどんな感情で聴いたら良いのか誰にも分からない。
しかし、歌で思考が停止した為か、手を繋ぐと男の子は歩き出してくれた。
そのまま心優しきおじさんに交番へ誘われたが曲の迫力に押され、徐々に口数が減り、無言で交番へと歩みを進めた。

交番が見えてくると何かを感じ取ったのか、ふと中にいた警官が顔を上げた。
その目には永遠にアムロを響かせながら、巨神兵のように足並みを揃え徐々に近づいてくる怪しい3人組が映った。
事情を知らない彼からすれば、神妙な面構えの一族が近づいてくるように見えただろう。
アンパンマンのマーチは流れなかったが、妙な迫力の行進は誕生した。
襲撃だろうか。
警官の目に戸惑いと警戒の色が伺えた。

迷子だと伝えると

「…まいご…?ああ!迷子ですね!」

と、どこかほっとした様子で素早く状況を理解していた。
すぐさまどこら辺にいたのかを訊ねられたので、曲を止め損なったまま説明していたところ、警官は若干声を震わせながら

「ごめん、内容が全く入ってこないから、
アムロを止めて」

と、言葉を発した。
アムロを止めてなどと、ドラマチックな言葉を現実で浴びせらる未来が待っていようとは、子供の頃の自分に想像出来ただろうか。

目の前でスマホを弄るのも気が引けたので、音量ボタンにサッと手を掛けたが、誤って音を上げてしまった。
そんな奇抜な反骨精神は今はいらない。
完全に煽っているような結果となり、血の気が引いた。

慌てて下げたが、急速に収縮していったアムロが痛く心に触れたらしく警官と心優しきおじさんは息を漏らしながら肩を震わせた。
3人もいるのに振動するだけの大人達を、男の子はただただぽかんと見つめていた。

警官がアムロによって呼吸を脅かされている最中、男の子の母とその兄が現れた。
母の目には駆け寄る我が子の背景に、死にそうになっている警官と、震える心優しきおじさんと私が映った。
感動のシーンが台無しであるが、早くも男の子が家族と対面できて安心した。

因みに、泣いている赤子に「永遠にアムロ」を聴かせたところ、泣き止んだ。
子供の心に訴える何かが「永遠にアムロ」にはあるのかもしれない。
一回しかやった事がなく、全赤子に効くかは分からないが、機会があれば是非ダメ元で一度試して頂きたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?