放置自転車の近くに座っていたら新手の恐ろしい目にあった話

公園のベンチの横に放置自転車があった。
そのベンチに座っていると自転車の持ち主らしきヤンキーが現れ、私は自転車泥棒の濡れ衣を着せられ絡まれた。

胸ぐらを掴まれ一触即発となったその時、新たに何者かが公園に足を踏み入れた。
近隣の人が来てくれたのだと思いこれで助かると期待を胸に顔を上げると、そこにはバナナと焼酎を持った酔っ払いのジジイの姿があった。
近隣の変質者が来てしまった。
妙なジジイとヤンキーいう、弱ったおばあちゃんと餅くらい不穏な組み合わせとなってしまった。

ジジイの異様な存在感に我々は思わず目を奪われたが、ヤンキーは気を取り直しジジイに背を向けると再び私に向き直った。
ヤンキーは怒った様子で何かを申しているが、その背後で突如ジジイがバナナを振り回し始めた。
もはや自転車の話どころではない。

ヤンキーからは死角だが、私の視界にはジジイのバナナシャッフルが直撃し、おもわず
「大変です。あの人、玄人の手つきでバナナ振り回してますよ」
と、ヤンキーに報告した。
ヤンキーは私の胸ぐらを掴んだまま、背後を確認し、再び私に向き直ると下を向いた。
ヤンキーの手は震え始めていた。
一方、ジジイはバナナを剥き始めた。

ヤンキーは数秒の間を置いた後、気を取り直し再び私の胸ぐらを掴む手に力を入れ何かを言おうと口を開いた。
その瞬間バナナを平らげたジジイはTシャツを上に捲った。ジジイがいよいよ服を脱ぎ出し洒落にならぬ方向にバナナ共々一皮剥けてしまうのではないかと思い固唾を飲んだ。

ジジイはズボンのウエストにバナナを挟み数本装備していた。
軽く見積もっても少なくともあと三本は残機がある。
私はもうジジイの虜になり、半ば興奮気味に
「大変ですよ。あの人バナナを体に備蓄してますよ」
ヤンキーに伝えた。
我々は形だけは一触即発であったが、心はジジイとバナナに奪われていた。

ヤンキーに限界が近づいていた。
ジジイのバナナの在庫を見てしまったのだ。
胸ぐらを掴む手に力は入っていたが、もはや威嚇的な力ではなく、溢れ出る別の感情を必死に堪えている力であった。
好奇心の前に人間は無力であり、我々はオヤジを見つめた。
そして、ついにジジイと目が合った。

ジジイがこちらに歩みを寄せてくると同時に
我々の脳裏にジジイにバナナで殴打される未来が過った。
混乱したヤンキーはたじろぎながらも何故か私を庇うように少し前に出た。
すると、ジジイはヤンキーを無視し私にバナナを一本手渡した。

これで応戦しろとでもいうのだろうか。
ジジイは私がバナナを受け取るのを見ると、満足げに去って行った。
ヤンキーは限界を迎え腹を抱えしゃがみ込んだ。ジジイのバナナが効いたようであった。
私はヤンキーがもしかしたらバナナを受け取ってくれるかもしれないと思い
「バナナ、いりますか?」
と「セコム、してますか?」と同じリズムで訊ねた。ヤンキーは呼吸を乱しながら首を左右に振った。
バナナの押し付け先がなくなってしまった。

その後、ヤンキーの誤解が解けた。
ヤンキーはこちらが引く程に謝罪をしてきたあげく、詫びに殴ってくれと言い出した。
殴るのは気が引けるのでバナナを受け取ってくれたらいいですと伝えたがそれは拒否された。殴られる事よりも比重が思いバナナが私の手の中に佇んでいる。

夕陽が掌のバナナを照らした。
あの日、ジジイは確かに、私にとっての救世主であった。

【追記】
家に帰り、このバナナはどうしたものかと考えていると、気がつけば父が平らげていた。

ちなみに、バナナのジジイことバナじいによると、振り回すとバナナは美味しくなるらしい。
一度試しに振り回したが自分に命中しバナナ共々結構なダメージを喰らった為、その後は辞めた。
味は変わりないように思えた。


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