猫の病院で後悔した話

暇を持て余し、スネ毛の数を数えていたところ、玄関にサツマイモが届いているからしまっておいてくれと母から電話があった。

起きたばかりで頭頂部の髪が潰れザビエルの両サイドが進化したような土星を思わせる髪型であったが芋をしまうくらいならとドアを開けると、直に置かれた大量のサツマイモの中心に芋に紛れて巨大な猫が佇んでいた。
見れば動物病院に貼られていた迷い猫の特徴と一致していた。
保護しなければと思い屈んだところ、猫は逃げるどころか私の背中に登頂を果たした。

その日、動物病院に患者はおらず看護師達は和やかに受付に座っていた。
看護師がふと外を見ると、限りなく四足歩行に近い中腰のザビエルがすり足で平和な院内に向かい徐々に近づいている不穏な光景が視界に入った。
布教に失敗したのだろうか。
受付に一瞬にして戦慄が走ったという。

自宅玄関でも幾ばくか努力したが、背中に乗った猫はセーターにしっかりと爪を食い込ませ取れなかった。
本来ならば病院に事前に一報入れたいところであったがスマホは室内に置きっぱなしであり、下手にして怪我をさせてしまうよりも目と鼻の先にある動物病院へ行った方がよいと判断した。

しかし、なまざらしの猫を抱え許可なく院内に入る訳にはいかずインターホンを押したところ、中で怯えた目をしていた看護師が私である事に気が付き恐る恐る外に出てきた。
その瞬間、看護師は私の背中の巨大な猫と目が合い、猫の存在に気がついた。
何かを無理やり抑えたような震え声でとりあえず院内へ入室する事を許された。

診察室へ通されると奥のスタッフルームから
「先生……先生……心した方が……」
と、いう話し声が聞こえた。
獣医師は診察室へ入り猫と私を見た瞬間、
「……どうして……?」
と、言葉を漏らした。
「猫が剥がれないんです」
と答えると、獣医師は「失礼」と一言発した後に、こちらに背を向け呼吸を整える作業に入った。

獣医師が深呼吸し、気合いを入れ直したのを合図に、中腰のザビエルを囲み背中に張り付いた猫を剥がす作業が開始された。
しかし、猫は片手を離せば片手をまたセーターへとするため作業は難航した。
挙句の果てには
「おんもんもん…」
と、謎の言語を喋り始めた為、我々の集中力は非常に欠かれた。
「おんもんもん…」については和訳は出来なかったが猫が不服である事だけは伝わった。

そんな最中、看護師が急に私の足に着目し
「足どうしたんですか?」
と心配をし始めた。
何事かと思ったところ、先程スネ毛の毛根を数える際に重複してカウントせぬように赤ペンで丸く囲んでいた事が思い出された。

「まさか保護する際に怪我を……」
と、私のスネ毛の重複防止について皆が心を砕き始めた。
スネ毛を数えていたなどとは言い出しづらい雰囲気であった。
何故暇だからといって私はそのような事をしてしまったのだろうか。
ついには、治療が施されそうになったので

「これはスネ毛を数えていた名残りです」

と英語の例文には間違っても出てこないであろう言葉で白状する事となった。
「何故そんな不毛な事を……?」
と獣医師が震え問うなか、私の代わりに猫が
「おんもんもん…」
と答えた。
もう嫌だコイツらと思った事だろう。

その後、猫は無事に飼い主の元へ帰った。

【追記】
猫の飼い主と連絡が取れたとの事で、私はすっかり安心しきってコンビニへ向かった。

店員の「いらっしゃいませ」のところの
「いらっしゃいまー……」
で挨拶が止まった。

店内を回り、バックヤードの扉の鏡にふと視線を向けると精神に異常をきたしたザビエルが映っていた。
私であった。
自分が思っていたよりも悲惨な風貌であった。

私は何も買わずに店内を後にした。
ただただ店内を徘徊するザビエルを見せつけ去っていくという、気味の悪い客になってしまった。
それから1ヶ月は私はその店には寄り付かない方向で過ごした。


この記事が参加している募集

猫のいるしあわせ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?