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[小説]ワードウブツスレイヤー

「ゲロ吐くなよー、トモリー?」
「ゴ、ゴボーッ!」
「助けに、行かないと……!まだ間に合う、よね?」
「ノジリコ象・トライブのニュービーが、山賊のマネゴトかい?」
「パヨーン! 遅いスギル! バカ! パヨーン!」
「ゲロよりマシだろォ」

[本能と呼ばれる]この能力は、動物たちに、種の保存に必要な特定の行為をとらせるが、その行為はしばしば、個体のあからさまな欲求とはまるで無縁のものであったり、非常に複雑なものであったりもする。--Deleuze「本能と制度」

山あいの空は夕焼けを蒼のグラデーションに溶かして暮れていく。未舗装の砂利道を行く手押し荷車の上、イモムシめいて簀巻きにされた少女は諦めきった目で一番星を見上げていた。荷車を押す百姓姿の痩せた中年男も、諦めきった目で遠く前方だけを見ていた。

周りは枯れ果ててもう久しいタンボが広がり、ネオンどころか街灯も一切ない。夜が闇をもたらすまで、そう長くはかからないだろう。ネオサイタマからは少し離れた、そんな辺境のタンボ道……やつれた農民は簀巻き少女を荷車に乗せ、山の暗みのほうへと進む。

「パヨーン! パヨーン……」

遠く前方から象めいた鳴き声。男は膝を震わせ、簀巻き少女は息を呑んで身じろいだ。あれは野良のバイオ象などではない。このあたりにそんなものはいない。それは……ワードウブツ、ノジリコ象・トライブのはぐれ者が発する、飢えた獣の血生臭い息遣いに他ならないことを、少女も男も知っていた。

タソガレ・アワー……土と枯れ草の香に満ちた未舗装路を駆けていく二台のオートバイ。乗り手は揃いの腕章を二の腕に巻いたふたりの女。ひとりはゴーグル付ヘルメットをきちんとかぶり、もうひとりはノーヘルで癖毛の長髪を風になびかせる。見渡す限りの枯れタンボにはカラスの姿さえない。

オートバイは変わらぬ荒涼風景の中をしばらく並走した後、やがて目的地のノジリコ・シュウラクに到着した。タンボバタケの中に点在する30棟あまりの粗末な藁葺き小屋。

「ゲロ吐くなよー、トモリー?」

ノーヘルのほうがセンパイめいて声をかけ、オートバイを加速させた。砂煙を巻き上げてシュウラク内を横断、やがてバイオヤナギの傍に立つ藁葺き小屋の前で停車した。

「待って、ナギリ=サン!」

少し遅れて、ニュービーも到着停車。小屋の前では、小さな女の子シュウラク民がひとりしゃがんで萎びた花を供えている。ナギリはその長身を女の子の隣でしゃがませると、ジャケットの中からオリガミを出してその場でツルを折り、花の隣に供えた。

「ゴ、ゴボーッ!」

後ろではトモリがオートバイから降りるなり嘔吐! しかしそれは乗り物酔いによるものではない……辺りはあまりにも血生臭く、のどかなシュウラクには似合わぬツキジめいた腐臭が漂っていた。ナギリが立ち上がって小屋の戸を開けると、さらに強烈なゴア臭が立ち込めてトモリは再嘔吐した。

「アンタはその嬢ちゃんにインタビューでもしてなー」

言い捨てて、ナギリは小屋に踏み込む。ワンルームめいて慎ましい小屋の中は、ゴア痕そして半乾きの血液臭に満ちていてまるでスシ屋だ。ナギリはまず足下を重点して眺め、踏み荒らされた血痕に残る足跡をカクニンした。ハダシの足跡が2人分、そしてスパイクブーツの足跡が1人分……いや、1匹分。ハグレ・ワードウブツのものだ。ハダシの足跡は住人のものだろう。ナギリは殺戮痕跡に満ちた光景にも嘔吐どころか失禁すらせず、淡々と天井にまで飛んでこびりついている肉片のカスを見上げた。

…………ここで、彼女たちの素性について語ろう。二の腕に巻いた揃いの腕章に刺繍されたエンブレム、それはタイバードネイルズ活動局……由緒ある動物保護団体の団員証である。初めはアザラシとかを見守る会として結成された町内会規模の集団だったが、ワードウブツカルチャーの隆盛に伴い、動物保護全般へと規模と活動を広げてきた団体である。

ワードウブツカルチャー……それは電脳都市ネオサイタマのサイバネ発展激化に抗うかのように隆盛しつつある、オーガニック融合手術。様々な動物の器官や骨を肉体に移植し動物パワーを獲んとする思想と実践。とすれば人々が珍しい動物、強い動物の乱獲と奪い合いへと雪崩れ込むのは自明であり、実際かなりの動物が部品取りめいて殺され続けているのだ。

タイバードネイルズ活動局の活動は、サンボンバシラから成る。基本は多様メディアを通じた情報発信であり、取材活動にあたっては実力行使も辞さない。第二に動物保護や調査の活動であり、遂行にあたっては実力行使も辞さない。そして第三、邪悪ワードウブツの殲滅活動であり、遂行にあたっては実力行使あるのみ。なお、トモリは取材活動係であり、ナギリは殲滅活動係である。ふたりは邪悪ワードウブツ出現のタレコミを受け、こうして辺境のシュウラクにまで足を運んだのだ。

……ナギリが天井にポケットカメラを向け、トモリの代わりに取材活動を遂行しようとした、その時!

「アイエエエ! ゴボーッ!」

表でトモリの悲鳴そして嘔吐! 嘔吐だけなら無視だが、加えて悲鳴である! トモリの身に何かが起こったのだ!

「チッ、ゲロスケチャンめ……」

ナギリは舌打ちし、小屋から飛び出した。すると外では……どこからか現れた百姓めいて粗末な身なりの男が棒を構え、トモリを叩かんとしている!

「ムスメ! 俺のームスメをー!」

男の顔は囲んで棒で叩かれたかのように腫れ、涙を流し、意味不明な叫びを発していた。ナギリが小屋から飛び出した勢いのまま疾走、跳躍、そしてトビゲリ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」

男は吹っ飛び、すぐ後ろにあったバイオヤナギの樹の太い幹に背を打ちつけて棒を取り落とす! ナギリはすかさずトモリの前に立ちはだかり追撃の構え! しかし男は、そのままずるずるとへたり込み、サメザメと泣き出し、そして語った。

ジゴクの幕開けはほんの数日前……ヨソからやって来たひとりの男がこの小屋に住んでいた夫婦を見せしめゴア殺……シュウラク皆殺しの代わりに3日に1度のミツギモノを要求し、シュウラク外れの山裾へ去っていった……そして今日は約束の3日目……シュウラク民たちはこの百姓のムスメをミツギモノに決め、簀巻きにして山裾へ運んでいった……ムスメを奪われてヤバレカバレになった百姓は、見かけたトモリをミツギモノにしてムスメを取り戻そうとしたのだった。

男が語っているあいだ、トモリは二度嘔吐した。そのバストは平坦である。

「アー……アンタのムスメ、実際カワイイなの?」

ナギリがトモリの背をさすってやりながら訊く。ナギリのバストはそこそこ豊満である。

「そ、そりゃっ、シュラクでいつばんのカアイイだァ! だから選ばれたんだ!」

「なら、よく考えてみなッて……こんなゲロスケ連れてったとこで、むしろシツレイだろ?」

「ゲボーッ!」

背をさするナギリの指先がツボに触れ、トモリは盛大に嘔吐!それでやっと落ち着いて、ズレたメガネを直しながら、ハンケチで口を拭いた。

「助けに、行かないと……! まだ間に合う、よね?」

トモリはメガネ越し、嘔吐で潤んだ目で百姓とナギリを交互に見た。女の子はまだ小屋の前で花を供えていた。

シュウラク外れの山裾、死刑囚めいた絶望的足取りで荷車を押してきた百姓、そして簀巻きムスメは、ミツギモノを待ち受けていたモヒカンの前へとついに辿り着いていた。

「パヨーン! 遅いスギル! バカ! パヨーン!」

「アイエエエ……」

罵声を浴びせるその男は、一見するとネオサイタマでは珍しくもないモヒカン・パンクスだ……しかし、男が喋るたびにその喉元からはノジリコ象めいて威圧するパヨーン鳴き声が漏れ出る! コワイ!

「パヨーン! まずはお前を殺す!」

「ナンデアバーッ!?」

ブン! 質量の風鳴りが百姓に迫り、象めいて太くひび割れた長い鼻が首に巻き付く!

「ア、アバッ……」

骨と肉が軋み、百姓は目鼻口から噴血即死!

「アイエエエ! アイエエエ!?」

簀巻きムスメの悲鳴が轟く中、象の鼻はモヒカンの右脇の下へ戻っていき体内に収納! そして男の死体を軽々蹴飛ばして枯れタンボに落とし、荷車へと歩み寄った!

「パヨーン! 前後! ネグラで上下しながらサヨナラだ! パヨーン!」

モヒカンがムスメに手を伸ばさんとした……その時! ドルルルル! それはオートバイの爆音! モヒカンが見やると、シュウラク方向から土煙をたなびかせ爆走してくるオートバイ!

「パヨーン! ジャマ!バカ!」

モヒカンが再び象鼻を脇から解き放つ! オートバイ目掛け一直線!

「イヤーッ!」

ギャルルル! ナギリはオートバイをウイリーさせ、高速回転前輪で鼻を弾いた! ワザマエ! そのままモヒカン目がけて一直線に爆走続行!

「チッ……パヨーン!」

モヒカンが側転でタンボに飛び込み回避、ナギリは荷車の横でターン停車して簀巻きムスメを一瞥、自らもモヒカンを追ってタンボへ跳躍!

「ダッテメ、ナニモンだオラー……パヨーン……」

「ノジリコ象・トライブのニュービーが、山賊のマネゴトかい?」

二者はタタミ10枚の距離を保って会話! モヒカンはナギリを注意深く観察し、そのバストがそこそこ豊満であることを認めた。

「テメェも前後スッコラー!」

モヒカンの左脇の下からも象鼻がズルリと垂れ落ちて計2本! さらに、その上半身の輪郭がゴキゴキと歪み出し、筋肉に膨れ、肌が象めいてひび割れる!

ナギリはモヒカンのクリーチャー化光景を見ながら、革ジャンのジッパーを下ろして前をはだけさせた! タンクトップ越しでさらに豊満がわかりやすい!

「パヨーン! 乗り気ヤッター!」

「ああ、アタシは積極的があるからな」

ナギリは腰に巻いたベルトに触れた。ワータヌキ・オメーンをデフォルメしたような巨大楕円バックル! しかもワータヌキの口には、マキモノ筒が横一文字に咥えられているのだ!

「パヨーン……タヌキ? ナンデ?」

半人半獣めいて変貌したワーノジリコ象が問う。ナギリはベルト側面のホルスターから骨を抜き取り、ワータヌキが咥えるマキモノ筒の中へ挿入! ワータヌキ・オメーン・バックルの両眼が赤熱発光! マキモノ筒から血霧めいた蒸気が噴き出す!

「イヤーッ!」

決断的に象へ飛びかかるナギリ、蒸気が風に散らされ、その姿が変身!

赤みを帯びたガンメタリックのヘルメット状フルフェイス・メンポ、細く吊りあがった両眼孔はスモークレンズが嵌め込まれており、奥の瞳は見通せない。ボディは同じく赤みを差したガンメタ・レザーのワンピース装束を纏い、裾から伸びる両脚はクサリカタビラとロングブーツによって輪郭をひとまわり太くさせていた。クノイチとアマゾネスのアイノコめいたアトモスフィアである。

「パヨーン!」

2本の長鼻を触手めいて振り上げ、迎え撃つ象! しかしナギリが速い! 左右から迫る鼻の間をすり抜けて一気に象へ到達、フロント肩車めいて象の両肩に乗っかるとそのまま押し倒して後頭部強打!

「グワーッ!」

「イヤーッ!」

ナギリは倒れる寸前で身を離し空中反転、仰向け象の腹の上目がけてヤリめいた着地を狙う!

「パヨーン!」

ワーム・ムーブメント回避! タンボ土に着地したナギリの両脚は地を深く抉った! 一方、嘔吐により出遅れていたトモリが今ようやく駆け付け、ムスメを簀巻きから解放し始める。ムスメはとっくに失禁、気絶していた。しかし外傷の様子はなく、トモリは安堵。

「パヨーン!」

象は平坦なトモリには見向きもしない! 意外なワードウブツ身軽さで跳ね起き、ダブル鼻をムチめいて振り回しながらナギリに迫る! ナギリはその場を動かぬまま目を凝らし……フルメンポの眼孔を赤く光らせた!

「イヤーッ!」

チョップ突きめいたアクションで右手を突き出し、鼻ムチの先端を貫通アンドキャッチ! コンマ5秒後、左手も同様にして突き出し、もう一本の鼻ムチも貫通キャッチ! ナギリは両手に生温かい血、痙攣する肉の感触を覚えながら、鼻を掴んで引いた!

「アバーッ! パヨーン!」

腋の下から鼻が抜け千切れ、墳血悶絶! ワーノジリコ象は苦しみのあまり両手で自身の脇を押さえながら、ナギリの首刈りトビゲリが飛び迫ってくるのを見ているしかなかった!

「イヤアアアーーッ!!」

「パヨーーーッ!!」

全体重をかけた足裏が象の額ど真ん中を直撃、首を胴から強引に蹴りちぎって飛ばす! 実際即死! 地まで抉って着地したナギリの後ろ、ワーノジリコ象の身体は糸の切れたジョルリめいてどすんと倒れた。

「トモリー、ムスメ連れて先に戻ってなー」

「アッハイ、でもナギリ=サンは?」

「ちょっとションベンだ」

「ショッ……バカ!」

「ゲロよりマシだろォ」

ナギリはシッシッと手を振ってトモリを促し、自らはワーノジリコ象死体の傍らにしゃがみ込む。そしてトモリのオートバイ音が発進・遠ざかるのを聞き届けてから、死体の腹を手刀で裂いた。厚い皮膚と肉、そして血を垂れ流れるがままに、内蔵をちぎり捨てながら。ボキッ。バキッ。肋骨を数本、へし折って採取し、自身のベルトのホルスターに戦利品めいて差していく。バックルの楕円ワータヌキ・オメーンが咥えたマキモノ筒の中、骨は既に蒸気と消えて空洞になっていた。

「アカリ……オツカレ」

ナギリは、今は亡き愛しい者の名をつぶやきながら、血まみれた手でワータヌキ・バックルを撫でた。変身が解け、革ジャンとジーンズ姿に戻る。

「アカリ……お前の妹は今日もゲロばっか吐いてたよ」

ナギリは懐かしさと優しさに満ちた声で、今は亡き恋人に語りかけた。そしてオートバイに向かって歩き出した。

#二次小説 #DHTPOST #njslyr

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